――――頬に大きな切り傷がある茶髪の女が居る。
豊満な胸が溢れ落ちないよう腕でかき集めるかの如く腕を組み、椅子に背を預けている女の姿。そしてその女の前に整然と佇むオルディス。
これは娼館での会話か。
オルディスが本を受け取ると女は艶のある口許を綻ばせた。
「綺麗でしょう?一見するとただの書物なのに細工がしてあるんですって。特殊な紙で三枚の紙を貼り合わせてあるとか聞いたけど、ご丁寧なことよねぇ……捲ってごらんよ」
言って女は上目遣いに足を組み熱心な視線を向けたが、オルディスは不快そうに短く答えた。
「遠慮しておく」
「あら、気にならないの?」
「詮索したところでやる事は変わらないだろ。これをどうすればいい?」
「グラウス家の別邸、あなたの勤め先に隠してちょうだい。ちなみにその本に隠されてるのはね、国家反逆の証拠となる書類……他国への奴隷引き渡しの帳簿に、国庫の使い込みが記されたものよ」
今まさに、その帳簿の内容通りのことが実際に他家で行われているのだと女は言った。
中途半端な悪事を擦り付けると破綻する可能性があるため、その家はこの計画のためだけに凶行に至ったという。それで一年という月日を要しているのだと得意げに話した。
「随分と締りの悪い口だな」
「なによ、特別に教えてあげてるのに。秘密を共有し合うと絆が深まるって言うじゃない」
「もう伝令がないなら俺は行く」
「まぁ待ちなさい。まだ話の続きはあるのよ。せっかく来たのに本当いつもせっかちね。全て聞きたかったら今日こそは私を抱いていきなさいよ。非番なんでしょ?」
言って女は立ち上がりオルディスの腕に触れようとした。
しかしオルディスは女の肩を掴み押し返す。
「まさか本当に幼女趣味なの?」
拒絶に対し、女は唇を歪め笑った。
「……なんのことだ?」
「ここじゃ皆、口が緩くなるのよ。私を抱かないのはあんたぐらいだし、あの家の娘に随分と熱をあげられているんですって?あんたがお願いすれば何でも聞きそうなぐらいに。まさかとは思うけど、六つにしかならないガキに、あんたまで本気になってるってわけ?気持ち悪い」
するとオルディスは明らかな嫌悪の表情を返し、女の肩を突き放す。
「……醜い妄想だな。そう思いたいなら勝手にしろ」
そして話にならないとばかりに乾いた吐息を零すと扉に向かった。
「待ちなさい!まだ全部話してないわ」
「本を隠せばいいんだろ。それだけ分かればいい」
「うそ、ちょっと、本気で帰るつもり!?私が職務怠慢を疑われるわっ……」
ドアノブを捻るオルディスを目にした女は焦って追いかけ扉の前に割って入るように手元を制す。
その姿は先ほどまでの艶美な雰囲気が霧散した、ただの女だった。
「私が悪かったわよ!勿体ぶらずにちゃんと言うから……」
しかしオルディスの冷徹な態度は尚も続き、その視線を浴びて肩を竦めた女は不貞腐れたように告げた。
「その本を娘に渡しなさい。あとは来るべき日まで騎士ごっこをしていればいいってさ。実行日が決まったら連絡するからって」
その言葉にオルディスは虚を突かれたように瞬く。
「は……?なぜ娘に渡すんだ」
「そりゃ公爵令嬢の私物であれば自然に忍ばせられるし、証拠が出てくる場所として最適だからじゃない?大好きな騎士様の贈り物なら簡単に受けるでしょうし、簡単よね」
「初めから子供を利用するつもりだったのか?」
「なに?その顔。どうせあの一家は全員殺すのにそれぐらいで」
オルディスの目には明らかに動揺があった。
「血を引く者を殺すのは罪の偽装工作が困難な場合じゃないのか?お前が言ったことが本当なら、この本があれば十分だろう」
「……知らないわよ。あんたが最初になにを聞いたかなんてどうでもいいけど、今の方針は皆殺しって決まってるの。まさか今更抜けたくなった?」
そして疑念の眼差しが向けられる。
「……確認しただけだ。抜けるつもりはない」
「本当に?」
「あぁ」
「そう。まぁ、あんたもあたしも今さら足洗うなんて無理だものね」
影を落とした声音で告げると、女はドアノブから手を引くとオルディスに扉を譲る。
そして一層声を潜めた。
「もう会うこともないと思うし、特別に教えておいてあげる。あんたの他にも一人、あの家に間者がいる。あんたも自分が使い捨ての駒だって分かってるでしょうけど気を付けて……」
「そいつの名を聞いても?」
「……教えたら抱いてくれるの?」
「悪いがそんな無防備な真似は出来ない」
女は苦笑いした。
それは初めから期待していなかったとでも言いたげなものだった。
「冗談よ。その人の名は……―――」
うそだ。
エルディーテは、その名を聞いた瞬間眩暈がした。
ぐにゃりと歪むのは事実を知ったショックからか、それともまたあの現象のせいか。
ただ、気付くと今度はグラウス家の演習所に居た。
豊満な胸が溢れ落ちないよう腕でかき集めるかの如く腕を組み、椅子に背を預けている女の姿。そしてその女の前に整然と佇むオルディス。
これは娼館での会話か。
オルディスが本を受け取ると女は艶のある口許を綻ばせた。
「綺麗でしょう?一見するとただの書物なのに細工がしてあるんですって。特殊な紙で三枚の紙を貼り合わせてあるとか聞いたけど、ご丁寧なことよねぇ……捲ってごらんよ」
言って女は上目遣いに足を組み熱心な視線を向けたが、オルディスは不快そうに短く答えた。
「遠慮しておく」
「あら、気にならないの?」
「詮索したところでやる事は変わらないだろ。これをどうすればいい?」
「グラウス家の別邸、あなたの勤め先に隠してちょうだい。ちなみにその本に隠されてるのはね、国家反逆の証拠となる書類……他国への奴隷引き渡しの帳簿に、国庫の使い込みが記されたものよ」
今まさに、その帳簿の内容通りのことが実際に他家で行われているのだと女は言った。
中途半端な悪事を擦り付けると破綻する可能性があるため、その家はこの計画のためだけに凶行に至ったという。それで一年という月日を要しているのだと得意げに話した。
「随分と締りの悪い口だな」
「なによ、特別に教えてあげてるのに。秘密を共有し合うと絆が深まるって言うじゃない」
「もう伝令がないなら俺は行く」
「まぁ待ちなさい。まだ話の続きはあるのよ。せっかく来たのに本当いつもせっかちね。全て聞きたかったら今日こそは私を抱いていきなさいよ。非番なんでしょ?」
言って女は立ち上がりオルディスの腕に触れようとした。
しかしオルディスは女の肩を掴み押し返す。
「まさか本当に幼女趣味なの?」
拒絶に対し、女は唇を歪め笑った。
「……なんのことだ?」
「ここじゃ皆、口が緩くなるのよ。私を抱かないのはあんたぐらいだし、あの家の娘に随分と熱をあげられているんですって?あんたがお願いすれば何でも聞きそうなぐらいに。まさかとは思うけど、六つにしかならないガキに、あんたまで本気になってるってわけ?気持ち悪い」
するとオルディスは明らかな嫌悪の表情を返し、女の肩を突き放す。
「……醜い妄想だな。そう思いたいなら勝手にしろ」
そして話にならないとばかりに乾いた吐息を零すと扉に向かった。
「待ちなさい!まだ全部話してないわ」
「本を隠せばいいんだろ。それだけ分かればいい」
「うそ、ちょっと、本気で帰るつもり!?私が職務怠慢を疑われるわっ……」
ドアノブを捻るオルディスを目にした女は焦って追いかけ扉の前に割って入るように手元を制す。
その姿は先ほどまでの艶美な雰囲気が霧散した、ただの女だった。
「私が悪かったわよ!勿体ぶらずにちゃんと言うから……」
しかしオルディスの冷徹な態度は尚も続き、その視線を浴びて肩を竦めた女は不貞腐れたように告げた。
「その本を娘に渡しなさい。あとは来るべき日まで騎士ごっこをしていればいいってさ。実行日が決まったら連絡するからって」
その言葉にオルディスは虚を突かれたように瞬く。
「は……?なぜ娘に渡すんだ」
「そりゃ公爵令嬢の私物であれば自然に忍ばせられるし、証拠が出てくる場所として最適だからじゃない?大好きな騎士様の贈り物なら簡単に受けるでしょうし、簡単よね」
「初めから子供を利用するつもりだったのか?」
「なに?その顔。どうせあの一家は全員殺すのにそれぐらいで」
オルディスの目には明らかに動揺があった。
「血を引く者を殺すのは罪の偽装工作が困難な場合じゃないのか?お前が言ったことが本当なら、この本があれば十分だろう」
「……知らないわよ。あんたが最初になにを聞いたかなんてどうでもいいけど、今の方針は皆殺しって決まってるの。まさか今更抜けたくなった?」
そして疑念の眼差しが向けられる。
「……確認しただけだ。抜けるつもりはない」
「本当に?」
「あぁ」
「そう。まぁ、あんたもあたしも今さら足洗うなんて無理だものね」
影を落とした声音で告げると、女はドアノブから手を引くとオルディスに扉を譲る。
そして一層声を潜めた。
「もう会うこともないと思うし、特別に教えておいてあげる。あんたの他にも一人、あの家に間者がいる。あんたも自分が使い捨ての駒だって分かってるでしょうけど気を付けて……」
「そいつの名を聞いても?」
「……教えたら抱いてくれるの?」
「悪いがそんな無防備な真似は出来ない」
女は苦笑いした。
それは初めから期待していなかったとでも言いたげなものだった。
「冗談よ。その人の名は……―――」
うそだ。
エルディーテは、その名を聞いた瞬間眩暈がした。
ぐにゃりと歪むのは事実を知ったショックからか、それともまたあの現象のせいか。
ただ、気付くと今度はグラウス家の演習所に居た。



