死者を救う試練で、初恋の騎士は眠れぬ番犬になっていた ~エルディーテの冥界追想録~

エルディーテは本を投げ出したオルディスを見つめていた。

待機場の喧騒を払うようにあしらいながら二階へ移動したオルディスが、部屋に辿り着くなり乱雑に本を投げたからだ。

その装丁は女神ペルセポネの横顔が印象的な鼓舞の構図が美しい。そして物が少ない質素な部屋には些か不釣り合いな荘厳さを帯びていた。

オルディス自身はというと寝台に投げた本を避けるように寝転がり、焦点が合っているのか定かでない視線を天井へ向けている。

やがて、ぼんやりとしたその視線は静かに伏せられた。長い睫毛が微かに動き、しかし直ぐにまた開いては眉間に皺が刻まれる。

今もまだあまり眠れていないのだろう、以前見た時よりも目元のクマは強調されていた。

幼少期のエルディーテは、仏頂面もくすんだ目元も、それら含めてオルディスの顔と認識していたが、今となってはそれが彼の悲運の人生に刻まれたものだと理解出来てしまい胸が締め付けられる。

つい先ほど、エルディーテの刺繍が完成しないと断言された場面を見たばかりだというのに、だ。
寝苦しそうに何度か体勢を変えるオルディスの姿が、まるで何かから逃れるように身を捩る様子に見えたからかもしれない。

あのやり取りを聞いても、傷つくどころか、むしろ自分がオルディスを傷つけていたのかもしれないとさえエルディーテは感じていた。

この後のことは断片的にだが思い出せている。皮肉なことに数ヶ月後、刺繍は完成するのだ。

オルディスの予想を裏切って脅威の速さで仕上げ周囲を困惑させることとなり、結果的に彼を跪かせた。そしてオルディスは一般護衛騎士からエルディーテの専任となるのだ。

あの頃は単純だった。

いま出来る限りの一番近い存在になって欲しい。
先のことよりも目の前の恋が大切で、向こう見ずな行動をとっていた。

客観的に見せつけられた過去にエルディーテの吐息は零れる。

『……きっと私は無神経に君を振り回していたんだろうな』

迷惑そうな顔をされる事なら多々あった。
しかし、あえて自分の気持ちを優先していた気がする。

眠るに眠れないオルディスの瞼はぴくぴくと痙攣し、時折固く目を瞑り悩まし気に首を振る。
その苦悶に満ちた表情を前に、エルディーテは崩れ落ちるように膝をついた。

無意識に手が伸びてオルディスの髪を撫でたが、当然エルディーテの手は透けて手応えはない。

そのもどかしさに唇を歪めたあと、ふと傍の本に視線を移した。

確かこれを手に娼館を出てきたオルディスは苛ついていた。

吸い寄せられるようにペルセポネの肖像に指を伸ばし触れる。すると次の瞬間、走馬灯の様にオルディスの記憶が流れ込んできた。