レイヴン家の三男は悪辣な兄達とは違う。
彼らに言い返していたレニーの言葉は震え、たどたどしかったが、主張した内容は整然としていた。伯爵令嬢の親切に対しても変な受け取り方をしていない。
兄弟として同じ家で育って、何故あぁも違うのだろう。
レイヴン家は彼を一体どうするつもりなのか、馬鹿な真似ばかりをする兄達よりも気に掛けるべきは三男だと、遠巻きに彼らを見かけるたびに思うようになったのだ。
「あちらは観なくて良いのですか?」
そして、ある競馬の催しの日、ユークは自らレニーに声をかけた。
注意してみれば見かける度に年齢に釣り合わない本を読んでいるレニーへの興味が高まっていたのだ。
父親からは相変わらずレイヴン家は避けて然るべきと言われたが、レニーだけは違うような気がしていた。家名だけで初めから人を判断して避けるなど、それこそ家訓としている実力主義に反するのではないだろうか。
若さゆえに、そんな風にさえ思っていた。
「面白そうなものを読んでるな」
木陰で専門性の高い図鑑を読んでいるレニーは相変わらず人の輪を避けるように一人だった。
「あちらは観なくて良いのですか?」
話しかけると、意外にもつっけんどんな態度で返された。
如何にも関わらないで欲しい、といった感じだった。
以前のように、追い縋るような憂いを帯びた瞳は存在せず、そこには棘付いた心を持て余している不愛想な少年がいた。
反応を見るかぎり、おそらくレニーはユークを覚えていない。
名乗ってみたが反応も薄かった。
不思議に思い使用人の伝手を通じて内情を調べさせると、鷹狩りの日のあとからレニーは兄達に一層責め立てられるようになったらしく、それがユークに自責の念を駆り立たせた。
たった一度庇ったことが、レニーの兄達に火をつけてしまったのだ。
追い詰められたレニーにとって、あの日の出来事はきっと思い出したくないことだったのだろう。
贖罪というのも烏滸がましいが、それからユークは表立ってレニーを気に掛けることにした。中途半端に手を出すのではなく、彼がもっと胸を張れるように導いてやるべきだ。そんな使命感があった。
「両親も兄達も、三人目は女が良かったそうです。僕が女じゃなかったから悪いんだって」
意外なことに、レニーの扱いが不遇なものとなっていたのは性別が原因だった。
たったそれだけを理由に、とも思ったが、きっとそれだけではないのだろう。
後にレニーはこうも言った。
「ユーク様だから教えますね。実は僕、父の本当の子かどうか分からないんです。一応、顔は母方の祖母に似てるらしくて、でもそうでもなさそうで……」
レイヴン家は血の繋がりに疑いがあってもそれを問題としていないらしい。
「けどそんな事はどうでもいいそうで、女じゃなかった事が一番いけないらしくて……占い師が僕が運命に逆らったと言ったそうです。とにかく僕は、女じゃなかったから家族から嫌われているんです」
レニーは寂しそうに言っていた。
血縁の有無に気を留めないということは夫婦で事前の合意があったとも取れる内容である。
その事実を打ち明けられ、まるで触れてはいけないものを手渡されたような重さに気の利いた言葉は見つからない。
「……それは君のせいじゃないだろ」
「ですよね。本当、僕に言われてもって思います……兄達も、こんな風になよなよしてるなら妹だったら良かったと」
レニーの天使のような見た目は、もしかすると周囲に惜しいと感じさせたのかもしれない。
どこかずれているレイヴン家の歪さは不気味で、彼の内面を知ろうとしない家族らはおぞましかった。
「でも今はユーク様がいるので平気なんです。本当の兄が出来たみたいで嬉しくて……」
しかしユークと接する機会が増えるごとに、レニーの表情は明るくなって、兄達からの嫌がらせは減ったと知らされる。
そして少しずつ自信をつけていったレニーは、利発さが目立ち始め、次第に人に囲まれるようになってゆく。人を避けていた少年の周りに誰かがいることにユークは心底安堵した。
レニーが人に慕われるようになって嬉しかったのだ。
あの頃のレニーは純粋で、令嬢から寄せられる秋波に困って相談してくる可愛げもあり、楽しかった。
「ユークさまの事は師匠と呼ばせてください」
「王宮に仕えるのでしたら私も文官を目指します」
だが、いつの頃からだったか、レニーはユークを優先させすぎる行動が目立ち始めてきた。
せっかくレニーに声を掛ける人間が増えたというのに、なかなかユークの傍を離れようとしない。
故にそのころ武術が秀でているとよく話題に挙がるスナイプ男爵家の三男――オルディスに引き合わせることにしたのだ。歳の近い親友が出来れば、もっと世界が広がるだろう。そんな風に思ったのだ。
爵位は異なるが、意地の強さに関して二人は似通ったところがある。文官と武官、彼らは異なる分野で刺激し合っていい関係になるだろう。
しかしこのユークの見当は大きく外れることになる。
オルディスを紹介した日を境に、レニーは少しずつ変わり始めた。
彼らに言い返していたレニーの言葉は震え、たどたどしかったが、主張した内容は整然としていた。伯爵令嬢の親切に対しても変な受け取り方をしていない。
兄弟として同じ家で育って、何故あぁも違うのだろう。
レイヴン家は彼を一体どうするつもりなのか、馬鹿な真似ばかりをする兄達よりも気に掛けるべきは三男だと、遠巻きに彼らを見かけるたびに思うようになったのだ。
「あちらは観なくて良いのですか?」
そして、ある競馬の催しの日、ユークは自らレニーに声をかけた。
注意してみれば見かける度に年齢に釣り合わない本を読んでいるレニーへの興味が高まっていたのだ。
父親からは相変わらずレイヴン家は避けて然るべきと言われたが、レニーだけは違うような気がしていた。家名だけで初めから人を判断して避けるなど、それこそ家訓としている実力主義に反するのではないだろうか。
若さゆえに、そんな風にさえ思っていた。
「面白そうなものを読んでるな」
木陰で専門性の高い図鑑を読んでいるレニーは相変わらず人の輪を避けるように一人だった。
「あちらは観なくて良いのですか?」
話しかけると、意外にもつっけんどんな態度で返された。
如何にも関わらないで欲しい、といった感じだった。
以前のように、追い縋るような憂いを帯びた瞳は存在せず、そこには棘付いた心を持て余している不愛想な少年がいた。
反応を見るかぎり、おそらくレニーはユークを覚えていない。
名乗ってみたが反応も薄かった。
不思議に思い使用人の伝手を通じて内情を調べさせると、鷹狩りの日のあとからレニーは兄達に一層責め立てられるようになったらしく、それがユークに自責の念を駆り立たせた。
たった一度庇ったことが、レニーの兄達に火をつけてしまったのだ。
追い詰められたレニーにとって、あの日の出来事はきっと思い出したくないことだったのだろう。
贖罪というのも烏滸がましいが、それからユークは表立ってレニーを気に掛けることにした。中途半端に手を出すのではなく、彼がもっと胸を張れるように導いてやるべきだ。そんな使命感があった。
「両親も兄達も、三人目は女が良かったそうです。僕が女じゃなかったから悪いんだって」
意外なことに、レニーの扱いが不遇なものとなっていたのは性別が原因だった。
たったそれだけを理由に、とも思ったが、きっとそれだけではないのだろう。
後にレニーはこうも言った。
「ユーク様だから教えますね。実は僕、父の本当の子かどうか分からないんです。一応、顔は母方の祖母に似てるらしくて、でもそうでもなさそうで……」
レイヴン家は血の繋がりに疑いがあってもそれを問題としていないらしい。
「けどそんな事はどうでもいいそうで、女じゃなかった事が一番いけないらしくて……占い師が僕が運命に逆らったと言ったそうです。とにかく僕は、女じゃなかったから家族から嫌われているんです」
レニーは寂しそうに言っていた。
血縁の有無に気を留めないということは夫婦で事前の合意があったとも取れる内容である。
その事実を打ち明けられ、まるで触れてはいけないものを手渡されたような重さに気の利いた言葉は見つからない。
「……それは君のせいじゃないだろ」
「ですよね。本当、僕に言われてもって思います……兄達も、こんな風になよなよしてるなら妹だったら良かったと」
レニーの天使のような見た目は、もしかすると周囲に惜しいと感じさせたのかもしれない。
どこかずれているレイヴン家の歪さは不気味で、彼の内面を知ろうとしない家族らはおぞましかった。
「でも今はユーク様がいるので平気なんです。本当の兄が出来たみたいで嬉しくて……」
しかしユークと接する機会が増えるごとに、レニーの表情は明るくなって、兄達からの嫌がらせは減ったと知らされる。
そして少しずつ自信をつけていったレニーは、利発さが目立ち始め、次第に人に囲まれるようになってゆく。人を避けていた少年の周りに誰かがいることにユークは心底安堵した。
レニーが人に慕われるようになって嬉しかったのだ。
あの頃のレニーは純粋で、令嬢から寄せられる秋波に困って相談してくる可愛げもあり、楽しかった。
「ユークさまの事は師匠と呼ばせてください」
「王宮に仕えるのでしたら私も文官を目指します」
だが、いつの頃からだったか、レニーはユークを優先させすぎる行動が目立ち始めてきた。
せっかくレニーに声を掛ける人間が増えたというのに、なかなかユークの傍を離れようとしない。
故にそのころ武術が秀でているとよく話題に挙がるスナイプ男爵家の三男――オルディスに引き合わせることにしたのだ。歳の近い親友が出来れば、もっと世界が広がるだろう。そんな風に思ったのだ。
爵位は異なるが、意地の強さに関して二人は似通ったところがある。文官と武官、彼らは異なる分野で刺激し合っていい関係になるだろう。
しかしこのユークの見当は大きく外れることになる。
オルディスを紹介した日を境に、レニーは少しずつ変わり始めた。



