以前からバロンがエルディーテに懸想している事を知っていたからだ。そしてわざわざ婚約破棄までしたことも。
しかしそこまでした割に、ただ歳を重ねただけの若造は高嶺の花を相手にまともに言葉を取り交わすことが出来ていないらしい。
大事なユークの娘に何かあってはいけないため他の人間にも監視させていたが、決闘すら申し込めない臆病者は警戒するほど大したことはない。
まったくもって滑稽な選択を続けている情けない男を目尻に書類にサインするため、レニーは筆を走らせた。
――エルディーテを見つけ出し、自分との婚約に同意させる。そしてユークに認めさせるのだ。
そんな計画も知らず命令に従い情報を集めてきたバロンに対し、レニーは敬意を払うと同時に内心で嘲笑った。
「お前にはいつも苦労をかけるな」
「いえ。ほかならぬ団長のご命令ですから。許可をいただけましたら直ぐに出立します。荷も整えておりますので」
「まぁ待て、荷は二人分だ。私も行こう」
「団長自らがですか……?副団長があのような事になった今、誰が代理を……」
「お前が心配する事ではない。エルディーテが最優先事項だ。彼女とは今後の処遇について話し合わねばな」
レニーはペンを置き立ち上がった。
帝国騎士団の最高責任者の腕章のついた上着を羽織るとバロンは声を固くさせる。
「……やはり責任を問われるのですか?」
「まぁ、そんなところだ」
言葉を濁し告げると勘違いしているバロンは視線を眇めたのち勢いよく頭を下げた。
「お言葉ですが、いくら叙任の責が重いとはいえ、王女の警護を外されていた身では守りきれないのは当然です。どうか団長の力で守ってやることは出来ないのでしょうか!?」
守る……?
ーーあぁ、そうだ。エルディーテは、グラウス家は私にしか守れない。
バロンは大方、エルディーテが僻地への左遷か退団を余儀なくされていると思っているのだろう。
「よく口が回るな、バロン。その気構えでエルディーテにも話しかけてやるべきだ」
さすがに失笑を堪えることが出来ず、レニーは歪む口元を隠すように視線を窓辺に向ける。
「安心しろ。私は彼女が不利になるような事を迫るつもりはない。極秘に探し出すのは王族らに糾弾される前にどうやって擁護するか話し合うためだ」
出鱈目を告げるとバロンは安堵の息を漏らす。
「差し出がましい発言を失礼しました」
エルディーテに咎めなどない。
サフィア王女の件で責任を追及されたのは他でもなく最高責任者となるユークである。
彼は宰相の任を解かれ、グラウス家は子爵に降格となり領地を没収されることが決まっている。
今はまだサフィア王女の葬儀の事後処理やシルフィードへの対応のため今の地位に留まっているが、先立っての外交問題が落ち着けばユークは王都を去る予定である。
辺境の貧しい土地を譲位されることとなっているのだ。
一方のエルディーテだが、当日の警護から外れていたため責任を追及されることはなかったが、騎士団に戻ればいよいよ立場はなくなるだろう。
王女付きの護衛騎士という地位は、嫁入りという華々しい門出によって解任されるはずが、殺害事件という悲劇で地に落ちたも同然。さらに実家は公爵家から子爵に落ちるのだ。当然、周りの騎士らの見る目は変わる。
エルディーテには決闘を許可しているが、これまでと違い卑劣な手段を取る者も出てくるだろう。
つまり今後、高位貴族でなくなったユークではエルディーテを守り切れない。騎士を続けるにせよ辞任するにせよ、グラウス家はレニーの庇護を求めざるを得ないのだ。
探し出してレニーが話し合いたいのは、まさにそのことだった。
後ろ盾となる代わりに婚姻を迫れば落とせる、そう確信している。
――――すべて、兄達の言ったとおりになった。
『一度裏切ったんだ。二度も三度も関係ないだろ。今こそ一家団結すべき時だ。それによく聞け、レニー……計画が上手くいけば図らずもお前は崇拝するユーク・グラウスにまた必要とされる』
一家団結などと薄っぺらい台詞を紡ぐ長兄の台詞が蘇る。
また嘘を並べ立てているとあの時は流したが現実味を帯びてきた。二十年前も、今回も、レニーはレイヴン家の言いなりだったが、今日ほど実家がグラウスの失脚を執拗に狙ってくれてよかったと思った日はない。
今度は私がエルディーテを、いや……ユーク・グラウスを救う番だ。そうすれば今度こそ、あなたは私を認めるだろう。
しかしそこまでした割に、ただ歳を重ねただけの若造は高嶺の花を相手にまともに言葉を取り交わすことが出来ていないらしい。
大事なユークの娘に何かあってはいけないため他の人間にも監視させていたが、決闘すら申し込めない臆病者は警戒するほど大したことはない。
まったくもって滑稽な選択を続けている情けない男を目尻に書類にサインするため、レニーは筆を走らせた。
――エルディーテを見つけ出し、自分との婚約に同意させる。そしてユークに認めさせるのだ。
そんな計画も知らず命令に従い情報を集めてきたバロンに対し、レニーは敬意を払うと同時に内心で嘲笑った。
「お前にはいつも苦労をかけるな」
「いえ。ほかならぬ団長のご命令ですから。許可をいただけましたら直ぐに出立します。荷も整えておりますので」
「まぁ待て、荷は二人分だ。私も行こう」
「団長自らがですか……?副団長があのような事になった今、誰が代理を……」
「お前が心配する事ではない。エルディーテが最優先事項だ。彼女とは今後の処遇について話し合わねばな」
レニーはペンを置き立ち上がった。
帝国騎士団の最高責任者の腕章のついた上着を羽織るとバロンは声を固くさせる。
「……やはり責任を問われるのですか?」
「まぁ、そんなところだ」
言葉を濁し告げると勘違いしているバロンは視線を眇めたのち勢いよく頭を下げた。
「お言葉ですが、いくら叙任の責が重いとはいえ、王女の警護を外されていた身では守りきれないのは当然です。どうか団長の力で守ってやることは出来ないのでしょうか!?」
守る……?
ーーあぁ、そうだ。エルディーテは、グラウス家は私にしか守れない。
バロンは大方、エルディーテが僻地への左遷か退団を余儀なくされていると思っているのだろう。
「よく口が回るな、バロン。その気構えでエルディーテにも話しかけてやるべきだ」
さすがに失笑を堪えることが出来ず、レニーは歪む口元を隠すように視線を窓辺に向ける。
「安心しろ。私は彼女が不利になるような事を迫るつもりはない。極秘に探し出すのは王族らに糾弾される前にどうやって擁護するか話し合うためだ」
出鱈目を告げるとバロンは安堵の息を漏らす。
「差し出がましい発言を失礼しました」
エルディーテに咎めなどない。
サフィア王女の件で責任を追及されたのは他でもなく最高責任者となるユークである。
彼は宰相の任を解かれ、グラウス家は子爵に降格となり領地を没収されることが決まっている。
今はまだサフィア王女の葬儀の事後処理やシルフィードへの対応のため今の地位に留まっているが、先立っての外交問題が落ち着けばユークは王都を去る予定である。
辺境の貧しい土地を譲位されることとなっているのだ。
一方のエルディーテだが、当日の警護から外れていたため責任を追及されることはなかったが、騎士団に戻ればいよいよ立場はなくなるだろう。
王女付きの護衛騎士という地位は、嫁入りという華々しい門出によって解任されるはずが、殺害事件という悲劇で地に落ちたも同然。さらに実家は公爵家から子爵に落ちるのだ。当然、周りの騎士らの見る目は変わる。
エルディーテには決闘を許可しているが、これまでと違い卑劣な手段を取る者も出てくるだろう。
つまり今後、高位貴族でなくなったユークではエルディーテを守り切れない。騎士を続けるにせよ辞任するにせよ、グラウス家はレニーの庇護を求めざるを得ないのだ。
探し出してレニーが話し合いたいのは、まさにそのことだった。
後ろ盾となる代わりに婚姻を迫れば落とせる、そう確信している。
――――すべて、兄達の言ったとおりになった。
『一度裏切ったんだ。二度も三度も関係ないだろ。今こそ一家団結すべき時だ。それによく聞け、レニー……計画が上手くいけば図らずもお前は崇拝するユーク・グラウスにまた必要とされる』
一家団結などと薄っぺらい台詞を紡ぐ長兄の台詞が蘇る。
また嘘を並べ立てているとあの時は流したが現実味を帯びてきた。二十年前も、今回も、レニーはレイヴン家の言いなりだったが、今日ほど実家がグラウスの失脚を執拗に狙ってくれてよかったと思った日はない。
今度は私がエルディーテを、いや……ユーク・グラウスを救う番だ。そうすれば今度こそ、あなたは私を認めるだろう。



