「――――お、帰ってたか。姫さまと会ったか?」
「あぁ」
宿舎に入ってすぐ、オルディスはリックや同僚の騎士ら数人に話しかけられていた。
「懐かれてるよなぁ」
「そのうち飽きるでしょう」
「それはお前の願望だろ?」
この宿舎は詰所を兼ねており、一階から二階が待機所や会議室、食堂といった共用の場となっており、さらに上の階から独身の騎士らに部屋があてがわれている。
部屋に向かうには待機場を通るためオルディスは図らずも交代前で待機していたリックらの餌食となっていたのだ。
「お前が出てから三回ぐらい来られたかな」
「いじらしいよなぁ!」
「ディートさんより僕の方がまだ歳が近いし、愛嬌だってあるのに何でですかね?」
「おっ、また始まったぜ」
「だっておかしくないですか!?やっぱり顔ですか?でもおかしいな、僕だって顔はいいはずなのに」
年若い青年が前のめりに声をあげると周りは囃し立てる。
その青年はトルマという平民出の騎士だ。
さらさらとした茶色い髪と中性的な甘い見た目が女性受けするらしく、この時代から二十年経った今も使用人の女性らの間で人気の騎士である。
「そりゃディートは余裕があって男前だからな、ちゃんとしたご令嬢はちゃんとした大人に憧れたりするものさ」
リックはトルマを宥めるように肩を抱き、軽く叩く。
「それって僕がちゃんとした大人じゃないって聞こえますけど!?」
トルマを揶揄うリックの言葉にどっと部屋で笑いが巻き起こる。
「いいなぁ、ディート。公爵家公認だもんなぁ」
別の騎士がしみじみと言って反応を伺うが、しかし当人であるオルディスは唇の端を片方だけ持ち上げると吐き出すように息をこぼした。
「子供のする事だから相手にしてないだけでしょう。でも、はっきり言って俺は困ってますよ」
「えぇっ!?なんでです?羨ましいのに」
トルマは疎まし気にディートを睨んだが、しかしそれは帝国騎士団のようなギスギスした空気ではない。
「まぁヒヤヒヤする気持ちは分からんでもないがな」
リックはオルディスに同調するよう乾いた笑みを零せば頷いた。
「そうですよ。他家なら俺の首はとうに飛んでますからね」
「どうしてです?」
トルマは若く、他のベテラン騎士とは違いグラウス家でしか働いたことがない。
そのせいか随分と不思議そうだったが、他の騎士がのんびりとした口調で教えた。
「普通は娘を唆してよからぬことでも企んでいるんじゃ?ってなるからなぁ」
「よからぬって……」
「乗っ取りとかな」
「乗っ取りぃっ!?一介の騎士がですかっ?」
トルマは信じられないと言わんばかりだった。確認するように視線を彷徨わせるが、周囲は確かにと頷く者が多い。
「ま、この家に仕える人間にそんな奴はいないだろうから、公爵様はあたたかーく見守ってらっしゃるんだろうが」
リックが愉しげに言うと今度はオルディスに向かって興味津々といった視線を向ける。
「それで、今日はお前を捕まえて姫さまはなんと?嬉しそうにお前を呼ぶ声が聞こえたぞ」
「……刺繍したハンカチをくださると。それで意匠の参考に好きなものを聞かれました」
「おぉ!それで?」
「ペルセポネの図案を希望しましたよ。真面目に作るなら一年以上はかかるでしょうね」
オルディスはわざとらしい悪い笑みを浮かべる。すると一斉に野次が飛んだ。
「姫さまの気持ちを踏みにじりやがって!」
「この最低野郎が!」
「見損ないましたよ!!」
「女たらしの仏頂面め!」
言葉の数々に悪口が混じるがオルディスは気にする様子はない。仕事終わりか休暇なのか、すでに酒が入った者も多数いてオルディスは彼らを適当にあしらっていた。
「公爵様公認なんだぞ!?俺たちの可愛い姫さまが純粋に年上騎士に憧れてるだけなんだ、重く考えず優しく付き合ってやれよ!」
「そんなことしたらあんたら余計に口うるさくするでしょう」
「そりゃぁ当然だ!我らの大切な姫君なんだぞ」
「はいはい、言っててください」
「ディート!お前、エルディーテさまが大切じゃぁないのかっ!」
「大切な護衛対象ですから誠実に対応してるのでしょう」
公爵が本気にしてないのなら、ままごとに付き合うのもいいじゃないか、そんな考えが大半のようだが、意外なことにオルディスはそうではないらしい。
するとリックだけが神妙な面持ちで「まぁ、そうだよなぁ」と呟いた。
しかしトルマは信じられないといった顔で見遣り不満がっている。
「……誠実じゃなくてそっけないって言うんですよぉ、もっと優しくしてくださいよ!俺も姫さまにいじらしい事されてみたいのに、なんで塩対応なんです?これがちゃんとした大人ですかねぇ?」
「しかしディート、そんな構図を強請って完成されたら余計に困るんじゃないか?」
トルマはぶつぶつ言っていたが、リックは割り込むように尋ねた。そして珍しく胡乱な眼差しをオルディスへと向ける。
その瞳はやがて真剣な色に変わり、オルディスの対応に不満はないが、エルディーテが構図の要求に応えた場合の対応を念押しするかのようだった。
「それこそ姫さまに生涯の忠誠を誓う覚悟で受けとる。そのつもりだろうな?」
その問いにオルディスは一切考える素振りなしにすぐに断言する。
「そもそも完成しませんよ」
それは確信めいていて、不穏な響きを孕んでいた。
「あぁ」
宿舎に入ってすぐ、オルディスはリックや同僚の騎士ら数人に話しかけられていた。
「懐かれてるよなぁ」
「そのうち飽きるでしょう」
「それはお前の願望だろ?」
この宿舎は詰所を兼ねており、一階から二階が待機所や会議室、食堂といった共用の場となっており、さらに上の階から独身の騎士らに部屋があてがわれている。
部屋に向かうには待機場を通るためオルディスは図らずも交代前で待機していたリックらの餌食となっていたのだ。
「お前が出てから三回ぐらい来られたかな」
「いじらしいよなぁ!」
「ディートさんより僕の方がまだ歳が近いし、愛嬌だってあるのに何でですかね?」
「おっ、また始まったぜ」
「だっておかしくないですか!?やっぱり顔ですか?でもおかしいな、僕だって顔はいいはずなのに」
年若い青年が前のめりに声をあげると周りは囃し立てる。
その青年はトルマという平民出の騎士だ。
さらさらとした茶色い髪と中性的な甘い見た目が女性受けするらしく、この時代から二十年経った今も使用人の女性らの間で人気の騎士である。
「そりゃディートは余裕があって男前だからな、ちゃんとしたご令嬢はちゃんとした大人に憧れたりするものさ」
リックはトルマを宥めるように肩を抱き、軽く叩く。
「それって僕がちゃんとした大人じゃないって聞こえますけど!?」
トルマを揶揄うリックの言葉にどっと部屋で笑いが巻き起こる。
「いいなぁ、ディート。公爵家公認だもんなぁ」
別の騎士がしみじみと言って反応を伺うが、しかし当人であるオルディスは唇の端を片方だけ持ち上げると吐き出すように息をこぼした。
「子供のする事だから相手にしてないだけでしょう。でも、はっきり言って俺は困ってますよ」
「えぇっ!?なんでです?羨ましいのに」
トルマは疎まし気にディートを睨んだが、しかしそれは帝国騎士団のようなギスギスした空気ではない。
「まぁヒヤヒヤする気持ちは分からんでもないがな」
リックはオルディスに同調するよう乾いた笑みを零せば頷いた。
「そうですよ。他家なら俺の首はとうに飛んでますからね」
「どうしてです?」
トルマは若く、他のベテラン騎士とは違いグラウス家でしか働いたことがない。
そのせいか随分と不思議そうだったが、他の騎士がのんびりとした口調で教えた。
「普通は娘を唆してよからぬことでも企んでいるんじゃ?ってなるからなぁ」
「よからぬって……」
「乗っ取りとかな」
「乗っ取りぃっ!?一介の騎士がですかっ?」
トルマは信じられないと言わんばかりだった。確認するように視線を彷徨わせるが、周囲は確かにと頷く者が多い。
「ま、この家に仕える人間にそんな奴はいないだろうから、公爵様はあたたかーく見守ってらっしゃるんだろうが」
リックが愉しげに言うと今度はオルディスに向かって興味津々といった視線を向ける。
「それで、今日はお前を捕まえて姫さまはなんと?嬉しそうにお前を呼ぶ声が聞こえたぞ」
「……刺繍したハンカチをくださると。それで意匠の参考に好きなものを聞かれました」
「おぉ!それで?」
「ペルセポネの図案を希望しましたよ。真面目に作るなら一年以上はかかるでしょうね」
オルディスはわざとらしい悪い笑みを浮かべる。すると一斉に野次が飛んだ。
「姫さまの気持ちを踏みにじりやがって!」
「この最低野郎が!」
「見損ないましたよ!!」
「女たらしの仏頂面め!」
言葉の数々に悪口が混じるがオルディスは気にする様子はない。仕事終わりか休暇なのか、すでに酒が入った者も多数いてオルディスは彼らを適当にあしらっていた。
「公爵様公認なんだぞ!?俺たちの可愛い姫さまが純粋に年上騎士に憧れてるだけなんだ、重く考えず優しく付き合ってやれよ!」
「そんなことしたらあんたら余計に口うるさくするでしょう」
「そりゃぁ当然だ!我らの大切な姫君なんだぞ」
「はいはい、言っててください」
「ディート!お前、エルディーテさまが大切じゃぁないのかっ!」
「大切な護衛対象ですから誠実に対応してるのでしょう」
公爵が本気にしてないのなら、ままごとに付き合うのもいいじゃないか、そんな考えが大半のようだが、意外なことにオルディスはそうではないらしい。
するとリックだけが神妙な面持ちで「まぁ、そうだよなぁ」と呟いた。
しかしトルマは信じられないといった顔で見遣り不満がっている。
「……誠実じゃなくてそっけないって言うんですよぉ、もっと優しくしてくださいよ!俺も姫さまにいじらしい事されてみたいのに、なんで塩対応なんです?これがちゃんとした大人ですかねぇ?」
「しかしディート、そんな構図を強請って完成されたら余計に困るんじゃないか?」
トルマはぶつぶつ言っていたが、リックは割り込むように尋ねた。そして珍しく胡乱な眼差しをオルディスへと向ける。
その瞳はやがて真剣な色に変わり、オルディスの対応に不満はないが、エルディーテが構図の要求に応えた場合の対応を念押しするかのようだった。
「それこそ姫さまに生涯の忠誠を誓う覚悟で受けとる。そのつもりだろうな?」
その問いにオルディスは一切考える素振りなしにすぐに断言する。
「そもそも完成しませんよ」
それは確信めいていて、不穏な響きを孕んでいた。



