死者を救う試練で、初恋の騎士は眠れぬ番犬になっていた ~エルディーテの冥界追想録~

「ディート!」

侍女のマリアを連れて歩み寄る幼い自分に対し、一瞬オルディスが剣呑な視線を向ける。

そのことにエルディーテはドキリとして警鐘のような心臓の震えを感じた。しかし六才の自分は微塵もそれに気付いていない。

ただ、会えて嬉しいといった面持ちを隠そうともせず、オルディスの偽名を呼んで引き留めていた。

「早いのね、街に行ってたんでしょう?もう用事は済んだの?」

「はい。お嬢様はなぜこちらに?」

あたりは日が完全にくれる直前の独特な静けさが漂っていた。

騎士らの宿舎を背に、エルディーテに伴うマリアは苦い笑みを浮かべている。

「あなたに聞きたいことがあったから戻ってきてるかリック達に聞きに行ってたの」

「それでこのような時間に?」

「えぇ。みんなディートは遅くなるって口を揃えて言ってたけど思ったより早く会えてうれしいわ。私ね、この質問をしないと刺繍が出来ないのよ」

「はぁ……どういった内容でしょうか?」

オルディスは責めるような瞳でマリアを一瞥したあと、エルディーテへ静かに尋ねた。

一方のエルディーテは大人二人のぎこちないアイコンタクトなど気にも止めず、俄かに恥じらいを醸しながらオルディスを真っ直ぐ見つめていた。

「ディートの好きなものを教えて。花でも動物でもなんでもいいの」

「……聞いてどうされるおつもりで?」

「ディートの好きなものをハンカチに刺繍してプレゼントしてあげるわ」

その言葉にオルディスは呆れを隠そうともせず溜息を零す。と同時に、エルディーテ自身も当時の自分の言動に溜息が零れた。

成長した今、それがどれだけ重い贈り物か本当の意味で理解している。

令嬢がハンカチを贈るのは求愛だ。

それを騎士に贈れば、求愛もしくは生涯の誓いを求めている事と同義となる。

真剣であったのは確かだが、あの頃の自分は受け取らせる側の事など気にせず、最大でもやはり子供視点の想像の域を超えていなかった。

あの時、オルディスはなんて言っただろうか。

「でしたら私よりご家族の好みを参考にされると良いかと思いますが」

「どうして?私はディートにあげたいのに」

「……いいですか。そういったものは、婚約者となる方に差し上げるべきものです」

そうだ。回りくどいことは告げず、六才のエルディーテにも重みが伝わるよう教えてくれた。

「まだそんな人いないもの」

「だからといって安易に騎士へ贈るものではありません。マリア殿も、こういったことはきちんと教えて差し上げないと」

「申し訳ありません。お伝えしたうえですので……奥様もエルディーテ様が楽しそうだから良いと仰って」

幼いエルディーテの初恋はオルディスにしてみれば迷惑だったのだろう。

いよいよ困った顔をするオルディスに対してマリアも同じような顔をしつつ、しかしどこか温かみのある笑みを混ぜて告げる。

一方で幼いエルディーテは、自分を置いて頭上で交わされる僅かなやり取りすら気に食わないといった様子で割って入っていた。

「安易じゃないわ、私ちゃんと選んでるもの」

そう言って少しだけ唇を尖らせて顔を顰める。

かつての自分は今では考えつかないほど表情豊かだった。

「はぁ……一応確認しますが、騎士ら全員に配るおつもりでしょうか?」

「いいえ、ディートにだけよ。あのね、ディートには私だけの騎士になって欲しいの。お父様もディートがいいなら構わないって」

不貞腐れたかと思えば今度は視線を足下へ落としもじもじ告げる。

父の許可という免罪符まで持ち出して、自分の心のままに動く幼少期の自分にエルディーテは密かに慄いていた。

父のユークもこの時なにを思って許可したのだろう。

オルディスといえば、しばらく間を置いたのち双眸を伏せ眉間に皺を刻むと、手元の本を一瞥し浅い吐息を溢す。

そして感情の薄い声で言った。

「……分かりました。では私の希望の構図で仕上げていただいても?」

単純な子供は承諾されたという意味だけでパッと顔を綻ばせていた。

「えぇ、いいわ!なんでも言ってちょうだい」

「でしたらリシア帝国が信仰する豊穣の女神ペルセポネが勇ましく剣舞する姿でお願いします」

「けんぶ……?」

澱みなく告げられた言葉を飲み込むように繰り返す姿に、すかさずマリアが補足する。

「剣を持って舞い踊ることです。お嬢様、春祭りで見る踊り子の舞でございます」

マリアの言葉にやっとイメージが浮かんだようで幼い自分は何度か頷き、それから小首を傾げた。

「ディートはそれがいいの?」

「はい」

「あの、少々複雑では?」

そっけなく返事をするオルディスの態度に、ひやひやした様子でマリアが横から問う。

なにせ六才相手に要求する構図ではない。

無理難題だと直ぐに分かったからだろう。

「お嬢様が私の希望を聞いてくださるそうなので、希望を伝えただけです。刺繍入りのハンカチを騎士に贈る意味を知って作られるのなら、私はぜひその構図でいただきたい」

オルディスは最もらしく答え、幼いエルディーテに視線を向ける。

無理だと言えばそれ以外は受け付けないとでも言うつもりだったのだろうか。

だがこの時の自分はたしか、舞い上がっていた。

「いいわ!完成したら受け取ってくれるのね?」

「えぇ、もちろんです」

「分かったわ。楽しみにしていてね、ディート」

あの当時は構図の難しさよりも受け取ると頷いてくれた事の方が重要だった。

俄然張り切り去ってゆく姿をオルディスがどんな顔で見ていたか、あの時の自分は知らなかった。なにせ一度も振り返ることをしなかったから。

振り返れば気付いただろうか、いや、恋は盲目であるから気付くことはなかっただろう。

この時オルディスは幼いエルディーテの背に酷く冷めた視線を向けていた。