――やはりあれが原因なのだ。もう無理なのか?
頑なな態度を取られる度に、ある男を思い出す。
歯がゆい感情が身体から溢れ拳を振り上げ机を叩いた。
インクが溢れ、紙に染み込んでゆく。
混濁とした黒を睨みつけながらレニーは荒い息を吐き出した。
――何もかもオルディスのせいだ。結局、あれがユークにとっての一番なのだ。
王宮内の騎士塔で一番広い執務室を得ようとも、ユークはレニーを認めてはくれない。
かつて帝国騎士団に所属していたオルディスをレニーが排除したことを愚行と言って、未だに根に持っている。
どうして分かって貰えないのだろうか。
完璧な自分達の師弟関係に、あれは不要な存在だった。
だから始末した。それだけなのに。
――――レニーが、ユーク・グラウスという人物に出会ったのは七歳の頃だ。
当時のレニーは線が細く、ひ弱で、木陰で本を読んでいるような子供だった。
ちなみに本が好きだから読んでいたわけではない。
そうするしか他にやることがなかったから、読んでいただけだ。
レニーが女であれば壁の花とでも笑われていただろう。そういう位置づけだ。
三大公爵家に生まれれば将来を約束されたも同然、などと他人からは羨まれがちだが、そんなことはなかった。
レニーは望まれた存在ではなく、特に母親には「次は女だと占い師が言ったから産んだのに」と言われ続け、肩身の狭い思いをしていたのだ。
両親曰く、レイヴン公爵家は完璧な貴族であらねばならないらしい。
後継のための長男、スペアとなる次男、そして三人目は、国随一の深層の令嬢に育て王家に輿入れさせる。
それが公爵夫妻の理想だったのだ。
そのために占い師を呼び、王妃の懐妊に合わせて母は妊娠した。
だが産まれたのはレニーだ。
男が産まれたことに理想が汚されたと母は泣き、父は母に同情した。
兄達も妹が欲しかったと何かにつけて言ってくる。
性別などレニーにはどうしようもない事なのに、たったそれだけの事を何かにつけて持ち出され、母でなくレニーが悪いと皆が指をさすのだ。
そんな家族が嫌で、いつも逃げるようにして本を読んでいた。
そんなレニーを見つけてくれたのがユークだ。
七歳年上の彼は随分と大人のように見えて、そして実際に彼の頭の中はレニーの知る大人よりも大人だった。
「面白そうなものを読んでるな」
初めて声をかけてきたユークは、レニーが手にしていた図鑑に興味を持っていた。
その日、家族に連れられてきた競馬の催しを抜け出して、近くの木陰でレニーは『毒と薬草』と表題を打つ図鑑をなんの気なしに読んでいたところ、勝手に覗き込まれたのだ。
「あちらは観なくて良いのですか?」
以前に一度だけ挨拶したことが会ったので、グラウス家の人間だということは一目で分かったが、あえて挨拶はせずぶっきらぼうに訊ねるとユークは爽やかに笑った。
「いい。どの馬が勝つかだいたい分かるからな。つまらないだろ」
「……どうして?」
「ん?」
「なぜ分かると言い切れるのですか?」
当然のように言うのでその物言いが気に食わず問うと、ユークは双眸を瞬いたあと腕を組み答えた。
「あぁ……馬の体調と土壌、そしてこれまでの名声から判断すればだいたい当たる」
「ご冗談を。大法螺は嫌われますよ」
兄のように。とレニーは内心付け足して口端を上げた。
レニーの兄達は能力が追いついてない事に対してよく虚勢を張る。
しかしユークは胸の前で組んでいた腕を解くとレニーの手を取り引き上げたのだ。
「だったら実際に見せてやろう。ついて来い」
次のレースに出る馬が囲われている場所まで無理やり引っ張られ、ユークはレニーに問う。
「君はどれが勝つと思う?」
「……分かりません。でも血統のいい馬は強いと父が……」
賭け事が好きで、今も馬券を握りしめているだろう父の顔を思い浮かべる。
ただし父が勝った試しはほとんどない。
片手に数える程度なので、適当に返事をしたが自信はなかった。
「血統か、それも一つの判断材料だな。例えばあの真っ黒な馬がそうだ。ここにいる中で一番血統がいい」
「ではあれが勝つのですか?」
「いや。ここに連れられるまでの旅で疲れが出ているようだ。他より毛並みに艶がない。逆にあの左手の馬は一番体力がありそうだ。しかし優勝はしないだろう。あれは気性が荒いからな」
「気性が荒いと駄目なのですか?」
「これまでの戦歴からして呼吸が乱れがちで苛つきやすい傾向がある。呼吸が荒いとペースが乱れるだろう?駆けるリズムが安定している馬の方が最終的にはいいよ」
観衆から離れた場所で二人。
柵を覗き、食い入るように馬を見るユークの横顔を見て、変な人だとレニーは思った。
しかしそんなレニーの訝し気な視線など気に留めずユークは持論を展開する。
「しかし前日の雨で少し土がぬかるんでいるからな。こういう場合は脚が強い方が有利だろうな……とまぁ、様々な条件を鑑みた上で私が選ぶのは……あの班目模様だな」
最終的にユークの選んだ馬は、次のレースに見事勝利した。
彼の推論は驚くことに当たったのだ。
変な人だが、すごい。初めてまともに会話して得た印象はすごいの一言に尽きた。
次に話したのは、それから数か月後の狩りだ。
レニーは体力もないから足手まといになるだろうと兄二人に揶揄されたが、体裁を気にする父は兄弟全員参加を義務付けたため参加せざるを得なくなり行った先での出来事だ。
その狩は公爵家の集まりで、グラウス家の人間であるユークも参加していた。
兄達は気性が荒く繊細さに欠けるため、本で読んだ動物の生態を参考に土の状態や落ちている糞を見て獲物がどこに居るか見当を立てていたレニーを馬鹿にしてきたのを、ユークは庇ってくれた。
「君は賢いんだから、もっと前に出るべきだ。兄達に遠慮する必要はないよ」
狩場でのユークは頼もしく、そしてレニーを一度も軽んじることはなかった。
「やはり君は本を読んでいるだけのことはあるな!さすがはレニーだ」
ただ何となく読んでいたものが役に立ち、そして評価された。
その瞬間、胸に熱いものをが流れてきた。
恋ではない。
しかしそれに似た温かさがあった。
敬愛だ。
ユークはそれから狩がある度にレニーを傍に置き、そして狩猟のコツや締め方など様々なことを教えてくれた。
可愛がってもらっているのだと自覚し、そしてその様子に意外にもレニーの父が酷く喜んだ。
「グラウス家に評価いただけるとは、やったではないか」
父曰く、グラウス家は嫌いだがグラウス家の実力主義は貴族らも一目置いているため、彼らに認められるということはすなわち名実ともに成し得ていると考えられるらしい。
一種の勲章のようなものだという。
ユークに気に入られたことでレニーの家での待遇も改善した。
三男は将来的に希望がある。
今後利益となる存在になるだろうと持て囃されるようになったのだ。
それから一層、レニーはユークを兄のように慕うようになった。
実の兄よりももっと身近で何でも話せた。
金勘定に煩く、子供を駒のように扱う両親と違い、ユークは温かい。
家族よりも心の距離が近い相手だと一方的に思うようになった。
派閥の違うグラウス家とレイヴン家は仲は良くないが、むしろそれがレニーの心を駆り立てた。
この人が兄だったら良かったのにと何度考えたことだろう。
レニーは導き手としてユークに心酔し始めたのだ。
十歳になる頃には、ユークを師匠と呼んで慕った。
勉強や剣術は家庭教師から学んだが、人生の哲学や、形式にとらわれない雑学的なものはユークから学んだ。
そんな風にかわいがってもらえるのは自分だけだと思っていた。
だからこそ、ある日突然、ユークが一歳年下のオルディスを紹介してきた時はレニーの世界が大きく揺れた。
――なんだこいつは。男爵家?貴族の紛い物じゃないか。どうしてユーク様と一緒に?
次々に疑問が溢れ、そして次に言われた発言に衝撃を受けた。
「仲良くしてやってくれ。二人は年が近いし、オルディスはレニーと同じぐらい賢いからね。きっと話が合うよ」
話し相手などユークだけで十分だというのに、自分の扱いが面倒になったのだろうか。
オルディスはユークに似て爽やかで気のいい奴だと直ぐに分かったが、それが返って鼻についた。
嫌いでしかたがなかった。
なんせオルディスの周りには人が集まる。男爵家のくせに。
父はグラウス家に認められれば名実ともに優秀だと言った。
ではオルディスもユークに認められた存在として社交界で有名になるのか?
このころ、父親からはユークと懇意にしておけとしつこく言われており、レニーの気持ちとは関係なく命令してくることにうんざりしていたが、オルディスという脅威が現れ、尖っていた心は砂のように崩れていく。
――ユークがオルディスを可愛がれば、また冷遇される日がくるのか?
そんな不安が過ったからだ。
やっと自分を知ってくれた人が現れ、周囲も認めてくれるようになったというのにだ。
「レニー。オルディスと不仲のようだが、あまりあいつを気にするな。君は君の得意なことをしなさい」
ユークは自分と同じく武官よりも文官として大臣を目指せと助言してくれたが、レニーはオルディスが騎士を目指すというのを知って一年待ち、自分も騎士団に入団することにした。
どうせ違う分野に居たとしても気にくわないのだから、同じ土俵で徹底的に叩きのめしてやる。
その意気込みがあったのだ。
しかし、久しぶりに会ったオルディスは以前にも増して佇まいがユークに似ていた。
余計に腹は立った。
そして取り巻きにしてやると言えば興味なさげに断ってくる。
入団試験に使う剣に細工を施したが、あまり効果はなかった。
レニーが思ったほどオルディスは恥をかかなかったのだ。
どうやら暫くみないうちに随分と剣の腕を上げていたようだ。
入団後、オルディスは剣筋が良いと褒められたり、戦術の教義では上官から一目おかれる存在だった。
レニー自身もそこそこ自信はあったが、まさに目の上のたんこぶだ。
常に彼は正しく、本人が呼ばずとも人に囲まれる気質を持ち、年上にかわいがられる。
そうやってユークも誑かしたのだろう。
レニーにとって唯一の師匠であり崇拝すべき存在であったのに。
――横取りされた。
だから地道に嫌がらせを続け、隊内で孤立するよう仕向け、そして婚約者を取り上げた。
婚約者の女は始めはオルディスを信じようとしていたが、それなりに時間をかけて垂らし込めば幼馴染などといった関係は容易く壊すことが出来た。
それでもなお、オルディスは未だに毅然と振る舞う。
レニーはそれが気にくわなかった。
自分がこれだけ必死だというのに、オルディスは抜いては生える雑草の如くしぶとく青々と繁っている。
そこで秘密裏に賊を雇い、オルディスの護衛任務を邪魔することにしたのだ。
しかしオルディスは賊を華麗に捕縛し英雄として祭り上げられた。
だが、そうなった場合の次の手は予め考えてあった。
地位と価格、そして金を利用すれば大抵の事は思い通りになる。
そうしてレニーはオルディスを遂に仕留め挙げることが出来たのだ。
――これでもう邪魔者はいない。
そう考えていたが……数か月後、ユークに呼び出され告げられる。
頑なな態度を取られる度に、ある男を思い出す。
歯がゆい感情が身体から溢れ拳を振り上げ机を叩いた。
インクが溢れ、紙に染み込んでゆく。
混濁とした黒を睨みつけながらレニーは荒い息を吐き出した。
――何もかもオルディスのせいだ。結局、あれがユークにとっての一番なのだ。
王宮内の騎士塔で一番広い執務室を得ようとも、ユークはレニーを認めてはくれない。
かつて帝国騎士団に所属していたオルディスをレニーが排除したことを愚行と言って、未だに根に持っている。
どうして分かって貰えないのだろうか。
完璧な自分達の師弟関係に、あれは不要な存在だった。
だから始末した。それだけなのに。
――――レニーが、ユーク・グラウスという人物に出会ったのは七歳の頃だ。
当時のレニーは線が細く、ひ弱で、木陰で本を読んでいるような子供だった。
ちなみに本が好きだから読んでいたわけではない。
そうするしか他にやることがなかったから、読んでいただけだ。
レニーが女であれば壁の花とでも笑われていただろう。そういう位置づけだ。
三大公爵家に生まれれば将来を約束されたも同然、などと他人からは羨まれがちだが、そんなことはなかった。
レニーは望まれた存在ではなく、特に母親には「次は女だと占い師が言ったから産んだのに」と言われ続け、肩身の狭い思いをしていたのだ。
両親曰く、レイヴン公爵家は完璧な貴族であらねばならないらしい。
後継のための長男、スペアとなる次男、そして三人目は、国随一の深層の令嬢に育て王家に輿入れさせる。
それが公爵夫妻の理想だったのだ。
そのために占い師を呼び、王妃の懐妊に合わせて母は妊娠した。
だが産まれたのはレニーだ。
男が産まれたことに理想が汚されたと母は泣き、父は母に同情した。
兄達も妹が欲しかったと何かにつけて言ってくる。
性別などレニーにはどうしようもない事なのに、たったそれだけの事を何かにつけて持ち出され、母でなくレニーが悪いと皆が指をさすのだ。
そんな家族が嫌で、いつも逃げるようにして本を読んでいた。
そんなレニーを見つけてくれたのがユークだ。
七歳年上の彼は随分と大人のように見えて、そして実際に彼の頭の中はレニーの知る大人よりも大人だった。
「面白そうなものを読んでるな」
初めて声をかけてきたユークは、レニーが手にしていた図鑑に興味を持っていた。
その日、家族に連れられてきた競馬の催しを抜け出して、近くの木陰でレニーは『毒と薬草』と表題を打つ図鑑をなんの気なしに読んでいたところ、勝手に覗き込まれたのだ。
「あちらは観なくて良いのですか?」
以前に一度だけ挨拶したことが会ったので、グラウス家の人間だということは一目で分かったが、あえて挨拶はせずぶっきらぼうに訊ねるとユークは爽やかに笑った。
「いい。どの馬が勝つかだいたい分かるからな。つまらないだろ」
「……どうして?」
「ん?」
「なぜ分かると言い切れるのですか?」
当然のように言うのでその物言いが気に食わず問うと、ユークは双眸を瞬いたあと腕を組み答えた。
「あぁ……馬の体調と土壌、そしてこれまでの名声から判断すればだいたい当たる」
「ご冗談を。大法螺は嫌われますよ」
兄のように。とレニーは内心付け足して口端を上げた。
レニーの兄達は能力が追いついてない事に対してよく虚勢を張る。
しかしユークは胸の前で組んでいた腕を解くとレニーの手を取り引き上げたのだ。
「だったら実際に見せてやろう。ついて来い」
次のレースに出る馬が囲われている場所まで無理やり引っ張られ、ユークはレニーに問う。
「君はどれが勝つと思う?」
「……分かりません。でも血統のいい馬は強いと父が……」
賭け事が好きで、今も馬券を握りしめているだろう父の顔を思い浮かべる。
ただし父が勝った試しはほとんどない。
片手に数える程度なので、適当に返事をしたが自信はなかった。
「血統か、それも一つの判断材料だな。例えばあの真っ黒な馬がそうだ。ここにいる中で一番血統がいい」
「ではあれが勝つのですか?」
「いや。ここに連れられるまでの旅で疲れが出ているようだ。他より毛並みに艶がない。逆にあの左手の馬は一番体力がありそうだ。しかし優勝はしないだろう。あれは気性が荒いからな」
「気性が荒いと駄目なのですか?」
「これまでの戦歴からして呼吸が乱れがちで苛つきやすい傾向がある。呼吸が荒いとペースが乱れるだろう?駆けるリズムが安定している馬の方が最終的にはいいよ」
観衆から離れた場所で二人。
柵を覗き、食い入るように馬を見るユークの横顔を見て、変な人だとレニーは思った。
しかしそんなレニーの訝し気な視線など気に留めずユークは持論を展開する。
「しかし前日の雨で少し土がぬかるんでいるからな。こういう場合は脚が強い方が有利だろうな……とまぁ、様々な条件を鑑みた上で私が選ぶのは……あの班目模様だな」
最終的にユークの選んだ馬は、次のレースに見事勝利した。
彼の推論は驚くことに当たったのだ。
変な人だが、すごい。初めてまともに会話して得た印象はすごいの一言に尽きた。
次に話したのは、それから数か月後の狩りだ。
レニーは体力もないから足手まといになるだろうと兄二人に揶揄されたが、体裁を気にする父は兄弟全員参加を義務付けたため参加せざるを得なくなり行った先での出来事だ。
その狩は公爵家の集まりで、グラウス家の人間であるユークも参加していた。
兄達は気性が荒く繊細さに欠けるため、本で読んだ動物の生態を参考に土の状態や落ちている糞を見て獲物がどこに居るか見当を立てていたレニーを馬鹿にしてきたのを、ユークは庇ってくれた。
「君は賢いんだから、もっと前に出るべきだ。兄達に遠慮する必要はないよ」
狩場でのユークは頼もしく、そしてレニーを一度も軽んじることはなかった。
「やはり君は本を読んでいるだけのことはあるな!さすがはレニーだ」
ただ何となく読んでいたものが役に立ち、そして評価された。
その瞬間、胸に熱いものをが流れてきた。
恋ではない。
しかしそれに似た温かさがあった。
敬愛だ。
ユークはそれから狩がある度にレニーを傍に置き、そして狩猟のコツや締め方など様々なことを教えてくれた。
可愛がってもらっているのだと自覚し、そしてその様子に意外にもレニーの父が酷く喜んだ。
「グラウス家に評価いただけるとは、やったではないか」
父曰く、グラウス家は嫌いだがグラウス家の実力主義は貴族らも一目置いているため、彼らに認められるということはすなわち名実ともに成し得ていると考えられるらしい。
一種の勲章のようなものだという。
ユークに気に入られたことでレニーの家での待遇も改善した。
三男は将来的に希望がある。
今後利益となる存在になるだろうと持て囃されるようになったのだ。
それから一層、レニーはユークを兄のように慕うようになった。
実の兄よりももっと身近で何でも話せた。
金勘定に煩く、子供を駒のように扱う両親と違い、ユークは温かい。
家族よりも心の距離が近い相手だと一方的に思うようになった。
派閥の違うグラウス家とレイヴン家は仲は良くないが、むしろそれがレニーの心を駆り立てた。
この人が兄だったら良かったのにと何度考えたことだろう。
レニーは導き手としてユークに心酔し始めたのだ。
十歳になる頃には、ユークを師匠と呼んで慕った。
勉強や剣術は家庭教師から学んだが、人生の哲学や、形式にとらわれない雑学的なものはユークから学んだ。
そんな風にかわいがってもらえるのは自分だけだと思っていた。
だからこそ、ある日突然、ユークが一歳年下のオルディスを紹介してきた時はレニーの世界が大きく揺れた。
――なんだこいつは。男爵家?貴族の紛い物じゃないか。どうしてユーク様と一緒に?
次々に疑問が溢れ、そして次に言われた発言に衝撃を受けた。
「仲良くしてやってくれ。二人は年が近いし、オルディスはレニーと同じぐらい賢いからね。きっと話が合うよ」
話し相手などユークだけで十分だというのに、自分の扱いが面倒になったのだろうか。
オルディスはユークに似て爽やかで気のいい奴だと直ぐに分かったが、それが返って鼻についた。
嫌いでしかたがなかった。
なんせオルディスの周りには人が集まる。男爵家のくせに。
父はグラウス家に認められれば名実ともに優秀だと言った。
ではオルディスもユークに認められた存在として社交界で有名になるのか?
このころ、父親からはユークと懇意にしておけとしつこく言われており、レニーの気持ちとは関係なく命令してくることにうんざりしていたが、オルディスという脅威が現れ、尖っていた心は砂のように崩れていく。
――ユークがオルディスを可愛がれば、また冷遇される日がくるのか?
そんな不安が過ったからだ。
やっと自分を知ってくれた人が現れ、周囲も認めてくれるようになったというのにだ。
「レニー。オルディスと不仲のようだが、あまりあいつを気にするな。君は君の得意なことをしなさい」
ユークは自分と同じく武官よりも文官として大臣を目指せと助言してくれたが、レニーはオルディスが騎士を目指すというのを知って一年待ち、自分も騎士団に入団することにした。
どうせ違う分野に居たとしても気にくわないのだから、同じ土俵で徹底的に叩きのめしてやる。
その意気込みがあったのだ。
しかし、久しぶりに会ったオルディスは以前にも増して佇まいがユークに似ていた。
余計に腹は立った。
そして取り巻きにしてやると言えば興味なさげに断ってくる。
入団試験に使う剣に細工を施したが、あまり効果はなかった。
レニーが思ったほどオルディスは恥をかかなかったのだ。
どうやら暫くみないうちに随分と剣の腕を上げていたようだ。
入団後、オルディスは剣筋が良いと褒められたり、戦術の教義では上官から一目おかれる存在だった。
レニー自身もそこそこ自信はあったが、まさに目の上のたんこぶだ。
常に彼は正しく、本人が呼ばずとも人に囲まれる気質を持ち、年上にかわいがられる。
そうやってユークも誑かしたのだろう。
レニーにとって唯一の師匠であり崇拝すべき存在であったのに。
――横取りされた。
だから地道に嫌がらせを続け、隊内で孤立するよう仕向け、そして婚約者を取り上げた。
婚約者の女は始めはオルディスを信じようとしていたが、それなりに時間をかけて垂らし込めば幼馴染などといった関係は容易く壊すことが出来た。
それでもなお、オルディスは未だに毅然と振る舞う。
レニーはそれが気にくわなかった。
自分がこれだけ必死だというのに、オルディスは抜いては生える雑草の如くしぶとく青々と繁っている。
そこで秘密裏に賊を雇い、オルディスの護衛任務を邪魔することにしたのだ。
しかしオルディスは賊を華麗に捕縛し英雄として祭り上げられた。
だが、そうなった場合の次の手は予め考えてあった。
地位と価格、そして金を利用すれば大抵の事は思い通りになる。
そうしてレニーはオルディスを遂に仕留め挙げることが出来たのだ。
――これでもう邪魔者はいない。
そう考えていたが……数か月後、ユークに呼び出され告げられる。


