療養のため公爵領へと戻って二月ほどした頃だった。
それは父なりの優しさだったのだろう。
数日前も父と母が固い表情で話しているのを聞いてしまったところだ。
公爵領へ帰ってからというものの、エルディーテに対する婚約の打診が殺到していた。
「今度はハドソン子爵家から縁談の申し入れだ。まだ事件からそう経っていないというのに、どの家もあからさまだ」
「恥知らずな者達ね。我が家が娘の婚姻に難航すると考えているのでしょう……デビュタントもまだ先だというのに。私は理解ある殿方と愛のある結婚をして欲しいわ」
「いや、それは無理だろう。ただでさえ見極めるのは難しい。こうなった以上、エルディーテはこれから男を、いや……男も女も関係ないな。出会う人間を疑い続けなければ身を守れない」
苦し気にエルディーテの将来を案じる二人の会話は色濃く記憶に残っている。
火傷の傷がある以上、良縁は望めない。
それどころか搾取されかねない立場となった。
友人と呼べる人間も出来ないかもしれない。
これからグラウス家はエルディーテの縁談に託けて、足元を見るような提案を次々にされる。
そして仮に断り続ければ悪化するだけだ。
治療を受けながら幼いながらにそれを理解していたが、しかし二人の生々しい会話はエルディーテの胸を鋭く貫いた。
両親が言うならきっとそうなのだろう。
これから先は人を疑い続けなければ身を守れない。
そして父はその翌日、包帯を巻いたエルディーテに慰めの言葉を零したあと、現実を突きつけたのだ。
「何を選ぶかはお前の自由だ。だが一つ助言をするなら……剣を取ればお前を軽んじる者を捩じ伏せることが出来る」
それは希望のような言葉だった。
父は辛い現実と同時に、エルディーテに騎士という未来を提示した。
エルディーテは涙を堪え、父に与えられた選択肢を前に声を絞り出した。
「剣を……私は騎士になります。惨めに腐っていくなんて、グラウス家の人間ではありません」
言葉は震えていたが、本音だった。
どちらか選べというのなら騎士になる。
死に腐った生き方は家名を汚す。
それに、エルディーテが俯いていては、自分を守って死んだ人間に報いることが出来ない。そう考えたのだ。
当時の火災では死亡者が数名出ていた。
エルディーテも一歩間違えれば、その中の一人となっていたのだ。
『グラウス家の皆さまは、恩人ですから』
そう告げて火の手が回るなか暴漢から守ってくれた騎士が居た。あの人のように、強くなろう。
その日、エルディーテは令嬢として生きることを捨てた。
エルディーテは豊穣の女神と言わしめた緩く癖のある金髪を短く切り、刺繍やピアノに宛てていた時間を捨て公爵家の私兵に混ざり身体を鍛えた。
男装し、言葉遣いも変えた。
好んで読んだロマンス小説を閉じ、軍略の講義を聞いて、淑女教育でなく騎士道を学ぶ。
そして帝国所属の騎士団の試験に合格し、その後も舐められてはいけないと必死に剣技を磨き、今は王女の護衛を任される立場に収まることが出来た。
とはいえ、それはエルディーテの純粋な実力の賜物というわけではなく、公爵家という肩書きと、過保護な国王が護衛ですら男を侍らしたくないという思惑と王女の推薦が一致した結果だ。
それでもエルディーテは身に余る光栄だと恭しく任を受けた。
王女サフィアがエルディーテを求めてくれたこと以外は重要なことではなかったからだ。
それは父なりの優しさだったのだろう。
数日前も父と母が固い表情で話しているのを聞いてしまったところだ。
公爵領へ帰ってからというものの、エルディーテに対する婚約の打診が殺到していた。
「今度はハドソン子爵家から縁談の申し入れだ。まだ事件からそう経っていないというのに、どの家もあからさまだ」
「恥知らずな者達ね。我が家が娘の婚姻に難航すると考えているのでしょう……デビュタントもまだ先だというのに。私は理解ある殿方と愛のある結婚をして欲しいわ」
「いや、それは無理だろう。ただでさえ見極めるのは難しい。こうなった以上、エルディーテはこれから男を、いや……男も女も関係ないな。出会う人間を疑い続けなければ身を守れない」
苦し気にエルディーテの将来を案じる二人の会話は色濃く記憶に残っている。
火傷の傷がある以上、良縁は望めない。
それどころか搾取されかねない立場となった。
友人と呼べる人間も出来ないかもしれない。
これからグラウス家はエルディーテの縁談に託けて、足元を見るような提案を次々にされる。
そして仮に断り続ければ悪化するだけだ。
治療を受けながら幼いながらにそれを理解していたが、しかし二人の生々しい会話はエルディーテの胸を鋭く貫いた。
両親が言うならきっとそうなのだろう。
これから先は人を疑い続けなければ身を守れない。
そして父はその翌日、包帯を巻いたエルディーテに慰めの言葉を零したあと、現実を突きつけたのだ。
「何を選ぶかはお前の自由だ。だが一つ助言をするなら……剣を取ればお前を軽んじる者を捩じ伏せることが出来る」
それは希望のような言葉だった。
父は辛い現実と同時に、エルディーテに騎士という未来を提示した。
エルディーテは涙を堪え、父に与えられた選択肢を前に声を絞り出した。
「剣を……私は騎士になります。惨めに腐っていくなんて、グラウス家の人間ではありません」
言葉は震えていたが、本音だった。
どちらか選べというのなら騎士になる。
死に腐った生き方は家名を汚す。
それに、エルディーテが俯いていては、自分を守って死んだ人間に報いることが出来ない。そう考えたのだ。
当時の火災では死亡者が数名出ていた。
エルディーテも一歩間違えれば、その中の一人となっていたのだ。
『グラウス家の皆さまは、恩人ですから』
そう告げて火の手が回るなか暴漢から守ってくれた騎士が居た。あの人のように、強くなろう。
その日、エルディーテは令嬢として生きることを捨てた。
エルディーテは豊穣の女神と言わしめた緩く癖のある金髪を短く切り、刺繍やピアノに宛てていた時間を捨て公爵家の私兵に混ざり身体を鍛えた。
男装し、言葉遣いも変えた。
好んで読んだロマンス小説を閉じ、軍略の講義を聞いて、淑女教育でなく騎士道を学ぶ。
そして帝国所属の騎士団の試験に合格し、その後も舐められてはいけないと必死に剣技を磨き、今は王女の護衛を任される立場に収まることが出来た。
とはいえ、それはエルディーテの純粋な実力の賜物というわけではなく、公爵家という肩書きと、過保護な国王が護衛ですら男を侍らしたくないという思惑と王女の推薦が一致した結果だ。
それでもエルディーテは身に余る光栄だと恭しく任を受けた。
王女サフィアがエルディーテを求めてくれたこと以外は重要なことではなかったからだ。


