喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~

「誰だ……?」

唐突にオルディスが振り返った。
無意識に背後を確認したが、誰もいない。

明かに訝しむ視線は自分に向けられていた。

「見えているのか……」

呟くように出た言葉は自分の思考を整理するためのものだった。

「あなたは……――まさか、エルディーテ様ですか?」

幽霊でも見ているような警戒の視線が向けられたが無理もない。

「……なぜここへ?何者ですか?あなたは帝国騎士団の所属じゃなかった……五年前と同じ姿で……これはどういうことですか、私は頭がおかしくなったんだろうか……」

矢継ぎ早に問われエルディーテ自身もどう説明すればよいか考えあぐねてしまう。
オルディスがエルディーテを覚えているのは試験日とその翌日の出来事を跨いだ時に分かっていたが、あれから視認されることはなかった。

オルディスにとってエルディーテは不審者でしかないだろう。
しかし狼狽えているが警備の人間を呼びつける意思はないようだ。


「――オルディス。変な話をしていいかな」


エルディーテは恐る恐る口を開いた。

常識では考えられないこの現象は受け入れられないだろう。

しかしオルディスが試練のヒントという可能性が高まっただけでなんの糸口も掴めていないのが現状だ。そしてなにより、オルディスを励ましたいと感じている自分に気付いてしまったのだ。

適当な作り話をするよりもありのままを話そう。
他人を励ますには信用を得てからではないと響かない。

そう決めてエルディーテは慎重に息をつく。

「……――――つまり地上が冥界と繋がっていて、私がケルベロスの試練を達成するためのヒントになっていると?」

「あぁ」
「信じられない……」

「そうだろうな。だが私は君の人生を垣間見た」

エルディーテは自分が見たオルディスの姿を語った。
すると険しかった表情は次第に憂いを帯びたものに変化してゆく。

「試練の内容は教えられないんですよね……しかしなぜ私が?私はただの騎士ですよ。どこにでもいるような」

オルディスが困った様子でエルディーテを見る。
その言葉には自嘲が含まれていていた。

「どこにでも、ではないだろう。君は高潔で心が綺麗な騎士だ。ところで、今日の夜会は来るつもりじゃなかったんだろう?」

「……えぇ、あなたが見た通り騙されてここに。休みを取るとだいだいこうです。いい事がない」

だから休みを取るのが怖い。そう続けた。

オルディスはエルディーテが彼の時代の人間でないからか、心の内を話してくれた。
もしくは、見られているのならいずれエルディーテも知ることだろうと考えているのかもしれない。

オルディスの話ではレニーの嫌がらせは入団試験から始まり今なお続いているらしい。
良かれと思って行動したことが全て裏目に出ており、レニーを警戒しているものの隙あらばオルディスを貶めるための噂や偽装が施されるという。

始めこそ小さな嫌がらせだったため気にする方が無駄だと考えたらしいが、返ってレニーを煽ってしまったようだ。小さな嫌がらせも積もれば影響は大きくなる。

情報を共有してもらえないという事柄から始まり、昇進試験時の細工や試験監督の買収による不当な評価、オルディスを慕う騎士らへの恐喝。

加えて中隊長まで昇進しているレニーは着実に隊内での発言力を肥大させ、オルディスを帝国騎士団から追い出そうとしていた。

オルディスは、自分は我慢がきかないため追い出されるのも時間の問題だという。
間違ったことを見つけると黙っていられないらしい。
それが良くないのだと後から痛感するが、もはや差が開ききった相手に今から上手く立ち回ることは困難だと笑う。

婚約破棄にまで発展し、家族の忠告を受け大人しくレニーの嫌がらせに耐えながら今の立場に甘んじているが、近いうちに追放されるかもしれないと言う。

「――こんな無様な人間があなたの問題のヒントになるはずがないですよ」

オルディスはエルディーテに荒んだ瞳を向けた。

「オルディス。自分で無様なんて言っちゃ駄目だ」
「自分の立ち位置すらろくに守れないんですよ……」

「だが私は君を騎士として尊敬するよ。だからこそ、自分を大切にして欲しい」

心の底からの言葉だった。
オルディスはエルディーテが言えないことを言える人間だ。
我慢がきかないというのはその通りだろうが、こういう人間が帝国騎士団に必要で、純粋に憧れる。

「……ありがとうございます」
「本心だからな」
「分かっていますよ。あなたの途方もない話を聞かされたら少し落ち着きました。私もあなたが模索しているように、もう少し冷静に対処してみます……」

「そうか。……妄言のような話を真面目に聞いてくれてありがとう」

二人きりの庭園を照らす月明かりは雲間によって徐々に暗闇に溶けてゆく。

「これを」

オルディスはふと、胸元に飾っていた黄色の花をエルディーテへ差し出した。

「受け取ってください。誰かに渡しておかないと後で姉がうるさいでしょうから」

「そういうことなら」

エルディーテは花を受け取った。
その瞬間、視界が歪む。

そして次にエルディーテが見たのはオルディスが騎士団から追放される現場だった。