――――気付くと今度は騎士団の宿舎に居た。
王宮内にある訓練塔と併設する施設で、騎士はみながここで暮らす。
上級士官や既婚者などは別の官舎が与えられるが、冥界を訪れる前のエルディーテも普段は騎士専用の宿舎で共同生活をしており、その馴染み深い宿舎の廊下に居たのだ。
夜なのか、廊下は薄暗く、そしてなぜか女性騎士が一人座り込んでいた。
腕章の色からして騎士見習いと思われる。そして、その女性を庇うようにオルディスが立ちはだかっていたのだ。
驚き目を瞠ったが、しかしオルディスはエルディーテが見えていないようだった。
「目に余ります。彼女は仲間ですよ!」
激しい憤りが伝わる声と鋭い視線。
それはエルディーテでなく別の人間に対するものだった。
「退け、スナイプ。レイヴン様が連れて来いってご所望なんだよ」
振り向けば、以前受験会場で見たレイヴンに付き従っていた男二人が居た。
「行かせません。あなた達が関わるようになってから、彼女の様子がおかしい」
女性騎士は膝に顔を埋めている。憔悴しきっており、肩が震えていた。
「男爵家の三男のくせに、ずいぶんと生意気だな」
苛立った調子で告げる男の表情には苦悶の色が混じっていた。
「ここで爵位は関係ないでしょう。お互いただの同期だ」
「分かってないな、関係あるんだよ!お前だって分かってるだろ」
そしてもう一人がオルディスを諭すように告げる。
「なぁ、悪いことは言わない。お前も昇進するつもりがあるなら家格は意識した方がいい。足を引っ張られるぞ……ただでさえ目立つんだからもっと上手く立ち回れよ」
どうやら完全な悪意からではない、そんな意味合いが含まれる言動だった。
「……おい、レイブン様だ」
しかし彼らのやり取りも後からやってきた男、レイヴンによって中断しその場はしんと静まりかえった。
「――なぁにちんたらやってんだ。またオルディスか」
見下した様子で男二人を見遣るとレイヴンは疎まし気にオルディスを一瞥する。
「申し訳ありません……」
委縮した声音で視線を下げる彼らに眉を顰めると、レイヴンはオルディスを無視して女性騎士に向かって言った。
「お前が言ったんだろう、勝ったら近習騎士から一般騎士にして欲しいって」
声を張るわけではないが威圧的に静かに告げる声に対し、女性騎士の視線が糸を引かれたように上がる。
その瞳には怯えがはっきりと映し出されていた。
「負けたら誠心誠意尽くしますって約束したよな。逃げようったってそうはいかない」
言って、レイヴンは歩み女性の腕を掴もうと伸ばす。
その腕をオルディスが捕らえ、二人の間に明らかな亀裂がある事が浮き彫りになった。
「彼女は嫌がってる。レイブン、内容によっては上層部に報告しなければ……」
「気安く話しかけるなよ」
オルディスの真剣な眼が本気だと物語るがレイヴンはそれをものともしない。
ただ一言、心底疎ましいものを見る目で答え、不穏な空気が漂っていた。
何かきっかけがあれば殴り合いでも始まるのではないか、といった感じだ。
「あの、オルディス様……いいです、気にしないでください」
その空気を割ったのは女性騎士だった。
「顔色が悪い。行く必要はない」
諦めたように立ち上がり、レイヴンの元へ行こうとするのをオルディスが止めるが、力なく首を振る。
「庇っていただきありがとうございます……ですが……騒ぎにしたくはないので……」
弱弱しい声音で告げ、短い会釈をした女性騎士はレイヴンの元へ行き肩を抱かれた。
レイヴンという男は騎士団の女を娼婦とでも思っているのだろうか。
嫌悪が募るが、今のエルディーテには事の成り行きを見つめるしかない。
もどかしくともこの声は届かないのだ。
エルディーテの知る限り、女性の近習騎士はもっとも実力が秀でた者が集まる反面、王都の騎士団内では最も力が弱い。
帝国騎士団は女性も登用しているが、それは男子の出生率の減少によるもので、そもそも近習騎士自体が平民出身者で構成され、彼らが一般騎士になれることは稀だ。
その中に身を置くのは夢を見る者。
その女騎士達の夢を打ち砕くのが、王都に集まる高位貴族のレイヴンみたいな男だ。
「一足飛びに何か得ようとするには代償がつきものなんだよ。まぁ、だからと言って地道に努力したところで、オルディス……お前の場合は無駄だがな」
レイヴンは薄い笑みを浮かべて言う。
訂正しよう。女性騎士だけではない。
彼らにとったら性別など微々たるもの。人間すべて思い通りに出来ると考えている。
そして歯向かう者すべてをその権威で削ぎ落してゆくのだ。
オルディスは明らかにレイヴンと対極の位置にいて、思い通りにならない存在なのだろう。
彼らのやり取りを見て、先を憂いた。
エルディーテの知る限り、オルディス・スナイプという男性騎士は帝国騎士団に存在しない。
これがもし本当に過去の出来事であるのならば、オルディスは騎士団を脱退している事になるのだ。
王宮内にある訓練塔と併設する施設で、騎士はみながここで暮らす。
上級士官や既婚者などは別の官舎が与えられるが、冥界を訪れる前のエルディーテも普段は騎士専用の宿舎で共同生活をしており、その馴染み深い宿舎の廊下に居たのだ。
夜なのか、廊下は薄暗く、そしてなぜか女性騎士が一人座り込んでいた。
腕章の色からして騎士見習いと思われる。そして、その女性を庇うようにオルディスが立ちはだかっていたのだ。
驚き目を瞠ったが、しかしオルディスはエルディーテが見えていないようだった。
「目に余ります。彼女は仲間ですよ!」
激しい憤りが伝わる声と鋭い視線。
それはエルディーテでなく別の人間に対するものだった。
「退け、スナイプ。レイヴン様が連れて来いってご所望なんだよ」
振り向けば、以前受験会場で見たレイヴンに付き従っていた男二人が居た。
「行かせません。あなた達が関わるようになってから、彼女の様子がおかしい」
女性騎士は膝に顔を埋めている。憔悴しきっており、肩が震えていた。
「男爵家の三男のくせに、ずいぶんと生意気だな」
苛立った調子で告げる男の表情には苦悶の色が混じっていた。
「ここで爵位は関係ないでしょう。お互いただの同期だ」
「分かってないな、関係あるんだよ!お前だって分かってるだろ」
そしてもう一人がオルディスを諭すように告げる。
「なぁ、悪いことは言わない。お前も昇進するつもりがあるなら家格は意識した方がいい。足を引っ張られるぞ……ただでさえ目立つんだからもっと上手く立ち回れよ」
どうやら完全な悪意からではない、そんな意味合いが含まれる言動だった。
「……おい、レイブン様だ」
しかし彼らのやり取りも後からやってきた男、レイヴンによって中断しその場はしんと静まりかえった。
「――なぁにちんたらやってんだ。またオルディスか」
見下した様子で男二人を見遣るとレイヴンは疎まし気にオルディスを一瞥する。
「申し訳ありません……」
委縮した声音で視線を下げる彼らに眉を顰めると、レイヴンはオルディスを無視して女性騎士に向かって言った。
「お前が言ったんだろう、勝ったら近習騎士から一般騎士にして欲しいって」
声を張るわけではないが威圧的に静かに告げる声に対し、女性騎士の視線が糸を引かれたように上がる。
その瞳には怯えがはっきりと映し出されていた。
「負けたら誠心誠意尽くしますって約束したよな。逃げようったってそうはいかない」
言って、レイヴンは歩み女性の腕を掴もうと伸ばす。
その腕をオルディスが捕らえ、二人の間に明らかな亀裂がある事が浮き彫りになった。
「彼女は嫌がってる。レイブン、内容によっては上層部に報告しなければ……」
「気安く話しかけるなよ」
オルディスの真剣な眼が本気だと物語るがレイヴンはそれをものともしない。
ただ一言、心底疎ましいものを見る目で答え、不穏な空気が漂っていた。
何かきっかけがあれば殴り合いでも始まるのではないか、といった感じだ。
「あの、オルディス様……いいです、気にしないでください」
その空気を割ったのは女性騎士だった。
「顔色が悪い。行く必要はない」
諦めたように立ち上がり、レイヴンの元へ行こうとするのをオルディスが止めるが、力なく首を振る。
「庇っていただきありがとうございます……ですが……騒ぎにしたくはないので……」
弱弱しい声音で告げ、短い会釈をした女性騎士はレイヴンの元へ行き肩を抱かれた。
レイヴンという男は騎士団の女を娼婦とでも思っているのだろうか。
嫌悪が募るが、今のエルディーテには事の成り行きを見つめるしかない。
もどかしくともこの声は届かないのだ。
エルディーテの知る限り、女性の近習騎士はもっとも実力が秀でた者が集まる反面、王都の騎士団内では最も力が弱い。
帝国騎士団は女性も登用しているが、それは男子の出生率の減少によるもので、そもそも近習騎士自体が平民出身者で構成され、彼らが一般騎士になれることは稀だ。
その中に身を置くのは夢を見る者。
その女騎士達の夢を打ち砕くのが、王都に集まる高位貴族のレイヴンみたいな男だ。
「一足飛びに何か得ようとするには代償がつきものなんだよ。まぁ、だからと言って地道に努力したところで、オルディス……お前の場合は無駄だがな」
レイヴンは薄い笑みを浮かべて言う。
訂正しよう。女性騎士だけではない。
彼らにとったら性別など微々たるもの。人間すべて思い通りに出来ると考えている。
そして歯向かう者すべてをその権威で削ぎ落してゆくのだ。
オルディスは明らかにレイヴンと対極の位置にいて、思い通りにならない存在なのだろう。
彼らのやり取りを見て、先を憂いた。
エルディーテの知る限り、オルディス・スナイプという男性騎士は帝国騎士団に存在しない。
これがもし本当に過去の出来事であるのならば、オルディスは騎士団を脱退している事になるのだ。


