喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~

弟のディアン・グラウスは今年で二十三と、貴族であれば結婚していてもおかしくない年齢だが未婚の独身。

父の公爵家の仕事を手伝っており、将来はグラウス家を継ぐ予定だ。
姉弟中はむつまじく、エルディーテにとって可愛い弟である。

家訓である実力主義に倣い、公爵家の嫡男として非常に優秀で社交的に成長し、穏やかな物腰で経済の流れを読むのが上手い慧眼の紳士だ。

瞳の色は母に似て、品のある黒曜石のような重厚な輝きを放ち、柔らかな癖のある金髪はエルディーテと瓜二つ。
それらを取れば、見目麗しい優秀な公爵家の令息なのだが、しかしディアンは唯一欠点があった。

女遊びが激しいのだ。
未婚の令嬢や未亡人など数多の女性に粉をかけては、蜜に群がる獲物を捕食するように一夜を過ごす。

しかしそれは、サフィアへの当てつけだったのだろう。

幼少期からサフィアを想うディアンを知っているエルディーテとしては、その行為は苦悩から生まれる当てつけとしか思えなかった。


どんなに愛しても手に入らない。
それが一方的なものならば諦めもつくのだろうが、エルディーテの目から見ても二人の間には明確な何かがあった。

故に手に入れられないと分かり、代わりで穴を埋める。
そんな弟の危うい行動にしばしば苦言を申し入れたが、今までたおやかにあしらわれてきた。


愚かな弟は、サフィアの死に酷く取り乱した。
そして何かに気付いたように部屋に籠ると、食事も摂らず、誰も寄り付かせなくなった。

ディアンの部屋には一晩中灯りが灯っていて何をしているのかは分からなかった。

まさかこのまま籠り続けるのだろうかと一抹の不安がよぎったが、しかしその心配は杞憂に終わる。

襲撃事件から間もなくして執り行われた国葬に普段となんら変わらぬ出で立ちで参列していたのだ。

帝国では燃やした遺骨を川に流す風習がある。

ディアンはそれを固い眼差しで見つめサフィアを見送った。そしてエルディーテが職務から戻ってきた折に「話したいことがある」と言って、その日の晩にあの話をしたのだ。


ディアンがエルディーテに打ち明けた内容は、とあるご婦人から聞いたという噂だった。

十年ほど前に病気で亡くなった夫人の夫は、自分が死んだら冥界へ行って連れ戻してくれと生前告げていたらしい。

ケルベロスの条件を達成すれば、現世に帰れる。
そうすれば傷も病も消え、無垢な肉体で地上に戻れるのだと。

その夫人は結局、夫が死んだあと冥界に行くことはなかったが、その噂話を寝物語のようにディアンに語り聞かせたという。