喪失騎士エルディーテの冥界追想録 〜 孤独な騎士の過去を辿る、運命を覆す相互救済ロマンス~

「なんでもある」と告げたケルベロスの言葉と同時に現れた白い邸は、蜃気楼の如く不安定に揺れて見えた。

まるで触れたら消えそうな、そんな雰囲気を纏っている。

しかしエルディーテが近いて扉の取手に手を伸ばせば容易に掴めた。

不可解な現象だが、ここは冥府への入り口。
考えてみれば何が起きても不思議ではないのだ。

ごくり、と生唾を飲んでエルディーテは足を踏み入れる。
中をぐるりと見渡しながら、家を出る前の晩に交わした弟との会話を思い出す。

きっと冥界の噂を打ち明けられなければ、今ここに立っていたのはエルディーテでなく弟のディアンだっただろう。

――勝手をしてすまない、ディアン。

心の内で呟きながら、エルディーテは先へと進む。


謝罪の言葉が生まれたのは、冥府の入り口の噂を聞きつけたのはディアンだったからだ。
重々しく話を切り出した弟の決意を裏切って、エルディーテは今ここにいる。


王女サフィアを慕うのはディアンも同じ。
いや、独占欲を孕む愛という視点で見れば、その執心はエルディーテよりも強いものがあっただろう。

――――「人の魂は冥界へ行くだろう?そこで三叉路に到達すれば判決は直ぐに下る。レーテの水を飲まされ生まれ変わるか、煉獄タルタロスに連れていかれる。だが、魂は一定期間は滞留するらしい」

「……魂が滞留する?」

「あぁ。直ぐに裁かれるわけじゃないんだ。だからその間にケルベロスと交渉して、条件を満たせば冥王ハデスの許可のもと死者を地上に連れ帰り復活させることが出来る」

王女サフィアの国葬を終えた日の夜に、弟のディアンは重々しくエルディーテに打ち明けた。

その話を聞いた時、はじめは困惑した。
一体何を言っているのだろうと俄かに信じられず、しかし本当ならばどんなに良いかと耳を傾けた。