「それならやはり、もう一度…………」
エルディーテの知る限り、試練は本人の望む限り何度でも挑戦できるものだったはずだ。
「帰りはあの扉だ。現世に繋がっている」
しかしケルベロスは言葉を遮るように告げ、三つの首がエルディーテの後ろを指す。
そこには来た道にはなかった白い扉が存在した。
周囲には青い炎がゆらゆらと揺れており、扉を照らしている。
エルディーテはその扉を険しく見つめた。
そして振り返り、よく通る声ではっきりと訊ねた。
「――私の知っているかぎり、魂がアリストテレスの三叉路に辿り着く前なら、連れ戻すことが可能なのだろう?噂ではお前は人間に慈悲深いと聞く。魂が三叉路に辿り着くまでは何度も挑戦させてくれたらしいじゃないか。なぜ私だけ一度限りなんだ?」
エルディーテが得た情報では、試練への挑戦は一度限りでなかった。
ケルベロスは”一度だけ眠れた”と言ったが、実際に魂を連れ帰ることが出来た人間は一人じゃなかったはずだ。
先ほどは伝説の存在を前にして紡がれる言葉を真に受けていたが、扉という敗北を突きつけられ思い出す。
魂の返還は希望のある話だからこそ噂となり、生き証人らによって語られている。
自分だけが不当な扱いを受けているのではないか。噂が間違いなのか、それとも軽んじられているのか……その疑念は問い詰めなければ気が済まない。
するとケルベロスは暫くエルディーテを見つめたのち、信じられない事を告げた。
「王女の意思だ。本人は地上に帰るつもりがない。なんせお前はここに居ると自分の寿命を削ることになるからな。要するに、無謀な試練を受けここで無駄に命を消費する必要はないと、サフィア王女は言っているわけだ」
エルディーテは思わずケルベロスの周囲に注意深く視線を彷徨わせたが、しかしそれらしき気配はない。
茶化されているのかとすら感じ、声を荒げた。
「そんな馬鹿な話があるか。直接話さなければ納得できない!」
「無理だな。生きている者と死んだ者が言葉を交わすことはできない。さぁ、帰れ」
ケルベロスは威嚇するように大きな前足をエルディーテの目の前に激しく叩きつける。
足元は揺れ、反射的に肌が栗立つ。
しかし唇を引き結び恐怖を飲み込んだ。
それから肩を上下させ深呼吸を繰り返したあと、エルディーテは小さく零した。
「……嫌だ」
のこのこ帰れというのか。
何のために来たのだ。
ケルベロスが紡いだ言葉がサフィアのものだと信じたくない。
「納得したくない!」
エルディーテは食い下がった。
この命と交換になったとしても、せめて弟とは再会させてやりたい。
それがここに来た目的なのだから。
「王女の傍だけが唯一安心できる場所だった……そんな根拠のない戯言を信じ、帰れるものかっ!」
叫ぶように訴える。
エルディーテがその髪と同じ稲穂の瞳を真っすぐ向けると、ケルベロスは一瞬だけ冷えた青い瞳を揺らした。
動揺したように見える顔つきは直ぐに霧散したが、それを見逃さなかったエルディーテはやはり嘘をつかれているのではないかと疑う。
「他の人間と同じ扱いにしろ。私は帰る気はない!」
臆することなく言い放つ。
するとケルベロスは鼻の上に皺を作り凶悪な顔で睨む。
深い沈黙が落ちた。
声を発した方が負けるような、そんな重い空気が漂う。
ずっしりと重力を感じるような感覚が長く続き、緊張で額に汗が滲む。
しかしエルディーテが折れるより先に、溜息が零された。
「どうしたものかな……」
瞼を閉じるケルベロスは独り言ちるように呟くと、それから「――分かった。撤回しよう」と悔し気に紡がれる。
エルディーテの知る限り、試練は本人の望む限り何度でも挑戦できるものだったはずだ。
「帰りはあの扉だ。現世に繋がっている」
しかしケルベロスは言葉を遮るように告げ、三つの首がエルディーテの後ろを指す。
そこには来た道にはなかった白い扉が存在した。
周囲には青い炎がゆらゆらと揺れており、扉を照らしている。
エルディーテはその扉を険しく見つめた。
そして振り返り、よく通る声ではっきりと訊ねた。
「――私の知っているかぎり、魂がアリストテレスの三叉路に辿り着く前なら、連れ戻すことが可能なのだろう?噂ではお前は人間に慈悲深いと聞く。魂が三叉路に辿り着くまでは何度も挑戦させてくれたらしいじゃないか。なぜ私だけ一度限りなんだ?」
エルディーテが得た情報では、試練への挑戦は一度限りでなかった。
ケルベロスは”一度だけ眠れた”と言ったが、実際に魂を連れ帰ることが出来た人間は一人じゃなかったはずだ。
先ほどは伝説の存在を前にして紡がれる言葉を真に受けていたが、扉という敗北を突きつけられ思い出す。
魂の返還は希望のある話だからこそ噂となり、生き証人らによって語られている。
自分だけが不当な扱いを受けているのではないか。噂が間違いなのか、それとも軽んじられているのか……その疑念は問い詰めなければ気が済まない。
するとケルベロスは暫くエルディーテを見つめたのち、信じられない事を告げた。
「王女の意思だ。本人は地上に帰るつもりがない。なんせお前はここに居ると自分の寿命を削ることになるからな。要するに、無謀な試練を受けここで無駄に命を消費する必要はないと、サフィア王女は言っているわけだ」
エルディーテは思わずケルベロスの周囲に注意深く視線を彷徨わせたが、しかしそれらしき気配はない。
茶化されているのかとすら感じ、声を荒げた。
「そんな馬鹿な話があるか。直接話さなければ納得できない!」
「無理だな。生きている者と死んだ者が言葉を交わすことはできない。さぁ、帰れ」
ケルベロスは威嚇するように大きな前足をエルディーテの目の前に激しく叩きつける。
足元は揺れ、反射的に肌が栗立つ。
しかし唇を引き結び恐怖を飲み込んだ。
それから肩を上下させ深呼吸を繰り返したあと、エルディーテは小さく零した。
「……嫌だ」
のこのこ帰れというのか。
何のために来たのだ。
ケルベロスが紡いだ言葉がサフィアのものだと信じたくない。
「納得したくない!」
エルディーテは食い下がった。
この命と交換になったとしても、せめて弟とは再会させてやりたい。
それがここに来た目的なのだから。
「王女の傍だけが唯一安心できる場所だった……そんな根拠のない戯言を信じ、帰れるものかっ!」
叫ぶように訴える。
エルディーテがその髪と同じ稲穂の瞳を真っすぐ向けると、ケルベロスは一瞬だけ冷えた青い瞳を揺らした。
動揺したように見える顔つきは直ぐに霧散したが、それを見逃さなかったエルディーテはやはり嘘をつかれているのではないかと疑う。
「他の人間と同じ扱いにしろ。私は帰る気はない!」
臆することなく言い放つ。
するとケルベロスは鼻の上に皺を作り凶悪な顔で睨む。
深い沈黙が落ちた。
声を発した方が負けるような、そんな重い空気が漂う。
ずっしりと重力を感じるような感覚が長く続き、緊張で額に汗が滲む。
しかしエルディーテが折れるより先に、溜息が零された。
「どうしたものかな……」
瞼を閉じるケルベロスは独り言ちるように呟くと、それから「――分かった。撤回しよう」と悔し気に紡がれる。


