妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 慈悲ではない。
 一方的な決定だった。
 藤宮家でも、これから向かう先でも、棗の生き方は他者が決める。
 どこへ行っても、自分は所有されるだけなのだと、胸の奥が冷えた。

 引き渡しの間を出ようとした時、廊下の先に人影が立っていた。

 杏だった。
 物音と妖気の揺れを聞きつけ、様子を見に来たのだろう。祝いの席にいたのか、華やかな着物を纏っている。

 棗を見つめる杏の顔から、いつもの余裕が消えていた。
 白い祝い着の袖を握り、唇をわずかに開いている。棗が生きていることよりも、百鬼の主の腕の中にいることを理解できずにいる顔。
 血まみれの黒い装束で、百鬼の主の腕に抱えられている妹。
 無惨に喰われ、この日が命日になり、この世から消えるはずだった妹。

 杏には、棗が高位の妖から選ばれたように見えているのかもしれない。

「……棗?」

 震えた声が追いかけてくるけれど、棗は振り返らなかった。
 杏の白無垢も、父の言葉も、母の伏せた目も、すべてを屋敷の中へ置いていく。

 抱えられるまま、門を越えた。
 長年、棗を喰らう日を待ち続けてきた妖たちの気配が、今度は百鬼の主を恐れ、道の両側へ退いていく。
 暗闇の中で、棗は初めて、十八の誕生日の翌日が自分にも訪れるかもしれないと知った。

 その未来を与えた妖が、救い主なのか、新しい捕食者なのかは、まだ分からなかった。