妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 棗の体内では、喰らった妖気がまだ熱を持ち、答える余力がない。

 男が一歩踏み出す。
 次の瞬間には、棗のすぐ前へ膝をついていた。
 どのように距離を詰めたのか分からない。目を離せば、そのまま存在まで呑まれそう。
 瞳孔が細くなったままの棗の瞳を、至近距離から覗き込む。

「――龍眼(りゅうがん)か」

 初めて、声に明確な驚きが混じった。

「りゅうがん……?」
「妖の核を見抜き、喰らった妖気を己の力へ変える眼だ。なるほど。その辺の妖ごとき、お前を喰うどころか、返り討ちに遭って胃の腑へ収まるわけだ」

 ぬらりひょんの指が棗の顎へ触れる。
 冷たいわけでも、温かいわけでもない。人の体温とは決定的に異なる感触に、心臓が強く鳴った。
 値踏みするような双眸が、棗の奥まで見透かす。
 やがて、その目にわずかな驚愕が走った。

「……面白い。俺を上回っているとはな」
「上回る……?」

 何を指す言葉なのか、棗には分からない。
 男は説明せず、代わりに欲を隠さない視線を向けた。
 棗には自分の霊力が見えない。十八年間、強すぎて不吉だとは言われても、何と比べて強いのかを教えられたことはなかった。

 百鬼の主を上回る。
 その言葉は、棗自身よりも彼の方へ大きな意味を持ったらしい。

「生贄として喰うには惜しい」
「!なっ……何を」

 その腕が、棗の身体を抱き上げられ、抵抗しようにも力は残っていない。
 血と妖気で重くなった黒い打掛ごと、棗は横抱きにされる。

「お前、名は」
「……な、棗」
「棗、か。今日から俺のところで生きてもらう」