妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 日が完全に沈んだ頃、引き渡しの間の障子が音もなく開いた。

「えっ……?」

 風でもない。人の手でもない。
 気づけば、そこに境界が穿たれたように口を開けていた。

「――ほう」

 低い声が静寂の底から響く。
 現れたぬらりひょんは、血と妖気にまみれた棗を、ただ興味深そうに眺めていた。

 人間の青年に近い姿。
 長い白髪と、整いすぎて現実味の薄い顔立ち。切れ長の目は深い夜の色をしている。けれど、その輪郭には人ならざるものの圧が滲んでいた。
 背後へ伸びる影は姿と一致していない。畳の上で幾重にも枝分かれし、無数の妖を従えるように揺れている。

 音もなく部屋へ入り、初めからそこにいたかのように闇へ馴染む。
 今日、生贄を受け取りに来るはずだった百鬼の主。

 ――ぬらりひょん。

 彼は黒い打掛にこびりつく妖の残滓と、妖の気配が消えた部屋をゆっくり見渡した。
 驚くより、面白いものを見つけたように目を細める。

「生贄を受け取りに来てみれば、先に馳走へありついていたとはな」