妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

「藤宮家との外法は解いた。人里への不侵は、お前との新しい約定によって続ける。お前がここを去っても、人里を見捨てるつもりはない」
「……はい」
「最初は、龍眼を持ち俺を上回る霊力を抱えた娘を、手元へ置きたかった。真名で縛れば百鬼への抑止になる。生贄として喰うより、よほど価値があると思った」

 棗も知っていた。
 最初から、無償で救われたとは思っていない。

「お前なら、生かしてやれば俺へ従うと思っていた。妻として遇し、実家から守れば、いずれ名を呼ぶと。だが、お前は俺の予想を一つも受け入れなかった。温かな食事を出せば、太らせて喰う気だと疑う。姉との交換を目の前で断って見せても、意地でも名を呼ばない。自らの命が妖力に侵されて消えかけても、俺に縋って泣き叫ぶことすらしなかった」

 これまでの日々を一つ一つ愛おしそうに数え上げるように、蛍はぽつり、ぽつりと不器用な言葉を重ねていく。

「申し訳ありません」
「なぜ謝る」
「思いどおりにならなくて」
「それでいい。思いどおりにならないお前だから、手放せなくなった」
「……ぬらりひょん様」

 蛍の口元に苦い笑みが浮かぶ。
 胸の奥で、鼓動が大きく鳴る。

「真名の契約など、もう結ばなくていい。お前を縛るつもりもない」

 百日前、必ず呼ばせると笑った蛍が、自分から勝ちを手放している。
 蛍は一度、視線を伏せた。

「去る場所がないから残れと言うつもりはない。お前が望むなら、人里でも妖の領域でも、暮らせる場所を用意する」
「そこまでして、私を望むのですか……?」
「自由なお前に選ばれなければ、意味がない。それでも、俺のそばに、お前の意思でいてくれないか」