妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 棗の十八歳の誕生日。
 そして、命日になるはずの日。
 女中たちの足音は、いつもより深く押し殺されていた。誰も棗と目を合わせようとしない。今日がどのような日なのか、屋敷の者は皆、知っている。

 棗のために用意されたのは、黒い打掛だった。
 藤宮家では、生贄となる娘へ代々この装束を着せるという。婚礼の白とは正反対の色。祝われて家を出る娘と、死ぬために家を出される娘を分ける色だった。
 襟には黒糸で藤の花が刺されている。光を受けても色を返さず、花びらは闇へ沈んでいた。祝いの柄を使いながら、誰にも祝われない装束。

 一週間前に見た杏の白無垢が脳裏へ浮かぶ。
 同じ日に生まれた双子でありながら、纏う色まで違う。
 棗はもう、驚きもしなかった。胸の中を冷たい風が通り抜けていくだけだった。

「じっとしていてくださいませ」

 女中が震える手で帯を締める。

「……今日まで、ありがとう」

 棗が言うと、その手が止まった。
 女中は何も答えなかった。同情しているのか、死にゆく者から声をかけられて恐ろしいのか、棗には分からない。
 髪を結い上げられ、黒い打掛を重ねられる間、棗は天井の一点を見つめた。

 天井裏で、何かが身じろぎする。
 妖たちも今日を待ちわびている。

「棗様。お時間です」

 支度が終わると、棗は奥座敷へ促された。
 そこには父と母がいた。杏の姿はない。杏にとって今日は、棗の命日ではなく自分の誕生日だ。家族と祝いの膳でも囲んでいるのだろう。

「粗相のないように」

 父が告げたのは、それだけだった。
 十八年間、生かしてきた娘への労いも、詫びもない。品物を引き渡す前の確認のような口調だった。

 母は目を伏せている。
 最後まで、この人たちにとって自分は娘ではないのだ。
 胸の奥が痛んだ。それでも涙は出ない。泣けば惜しまれる人生だったような気がしてしまうから。