妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 初めて聞く、迷いを含んだ声だった。
 次の瞬間、蛍が棗を引き寄せる。

 唇が重なった。

 人ならざる冷たい口づけを想像していた。
 けれど、触れた唇は棗よりもよほど熱を帯び、驚きに身体を強張らせるより早く、体内で暴れていた妖力が喉の奥から引き上げられる。

 真名の契約とは違う。
 棗の中に溢れた力を、蛍が自分の身体へ直接吸い取っている。
 喉から黒い靄が引き出され、蛍の口元へ吸い込まれる。

「っ……!……っ!」

 妖たちの悲鳴が一つずつ遠ざかる。身体の奥を暴れていた熱が、蛍へ渡るたびに静まっていく。

 棗の負担は減る。
 代わりに、異なる妖の毒と怨念を、蛍が一身に受ける。

 手足の鱗が一枚ずつ薄くなり、細く裂けた瞳が、少しずつ人の形へ戻る。
 その一方で、蛍の頬から血の気が消えた。額へ冷たい汗が浮かび、棗を抱く腕が震える。

 棗を従わせれば、もっと簡単に救えた。
 名を呼ぶまで放さず、契約を結ばせればよかった。
 それでも、棗の意思を奪わない道を選んだ。

「っ……はっ……はっ」

 長い口づけが終わる。
 棗の呼吸は落ち着き、鱗も爪も元へ戻っていた。

 唇が離れた後も、その腕は棗を放さなかった。
 呼吸が落ち着いたことを確かめるまで、額を触れ合わせている。

 やがて蛍はその場へ片膝をつく。

「っは」
「……っ、ぬらりひょん、さま……?」