妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 切迫した声が落ちる。

「契約が固定されれば、俺がお前の中で暴れる力を鎮められる。俺の守護へつなげれば、まだ間に合う」
「……ぜ、ったい……呼び、ません……っ」

 棗は朦朧とする意識の中で、首を横に振った。

「このままでは人へ戻れなくなるぞ」
「弱って……自分の意思も守れない私に、契約を結ばせるつもりですか」
「違う。今は、お前を助けるためだ」
「それでも……同じです」
「っ……俺を信じられないのか」

 蛍の声に、傷ついた色が混じる。
 それでも、ここで名を呼べば、彼の痛みに耐えられず自分の意思を曲げたことになる。
 信じたくないのではない。信じてしまえば、彼を失った時に自分が何も残らなくなることが怖い。

 藤宮家は、棗の生き方も死に方も勝手に決めた。
 今、命を助けるためであっても、自分の意思を明け渡して名を呼べば、棗はまた誰かの決定へ従ったことになる。

 死にたいわけではない。
 それでも、命を引き換えに自分を差し出したくない。

 命が惜しければ、棗は必ず自分の名前を呼び、生きることを懇願する。
 生贄として死ぬはずだった娘へ生きる道を与えたのだから、最後には縋ると。
 けれど棗は、彼の予想を拒み続ける。

「……分かった。もう呼ばなくていい」
「では……放してください」
「それもできない」

 鱗の浮いた頬を、蛍の手が包む。

「契約を結べなくても、俺はお前を手放したくない。お前が消えるなど、許せない」
「なぜ……」
「俺にも、もう分からん」