妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 藤宮家から戻った蛍を待っていたのは、予想外の光景だった。
 棗は布団の上で身体を丸め、荒い呼吸を繰り返している。

「ぜっ……!はぁっ!くっ……」

 白い手足には、青黒い龍の鱗が広がっていた。瞳孔は細く裂け、指先の爪が畳へ深い傷を刻んでいる。
 屋敷の妖たちは、棗から溢れる霊力を恐れ、部屋の外へ近づけない。

「棗」

 蛍が傍らへ膝をつく。

 返事はない。
 喰った妖たちの声が、棗の喉から重なって漏れていた。
 さらに、杏との因果を切ったことで、長年外へ流れていた棗自身の霊力まで身体へ戻っている。

 棗の内側は、口のない器へ濁流を注ぎ続けるような状態だった。
 骨の隙間を力が押し広げ、皮膚の下で鱗が生まれるたびに焼けるような痛みが走る。
 余剰の力を逃がす道が、一度にすべて塞がった。

「俺の声が聞こえるか」
「……だい、じょうぶ、です」

 血の味の混じった声は、今にも消え入りそうなほどに掠れている。
 大丈夫なはずがないことは、誰の目にも、そして本人にすら明らか。
 焦燥に駆られた蛍がその華奢な肩に触れると、棗の瞼がわずかに開く。
 焦点の合わない混濁した瞳が、それでも、目の前で自分を覗き込む蛍の姿を必死に捉えようと彷徨っている。

「無理を言うな」

 蛍は棗の傍らに膝をつき、そのこわばった体を抱き寄せた。
 触れられた場所から、鱗の冷たさが伝わる。
 このままでは、人間としての意識が妖力へ呑まれる。

 棗が棗でなくなる。
 蛍の顔から、いつもの余裕が消えていた。

「棗。俺の真名を呼べ!」