妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 会場が静まり返った。
 ぬらりひょんの声は、祝言へ集まった全員に届く。

「藤宮家が優れた霊力で人里を守ってきたという話は偽りだ。この家に、妖を退ける力などない。強い霊力を持つ娘を生贄として差し出し、百鬼からの庇護を命で買ってきた」

 親族たちが顔を見合わせる。
 婚家の者は、父から距離を取った。

「棗は十八歳の誕生日に俺へ差し出され、喰われる予定だった。お前たちは、その四十九日後を祝言の日へ定めた」

 白無垢へ視線が集まる。
 誇らしかった純白が、汚れを隠せない布へ変わる。

「お前の霊力も同じだ。双子の因果を通じ、棗から流れ込んだ力を自分のものとして使っていただけだ」
「嘘よ!」

 杏は印を結び直すが何も起きない。
 誰の目にも、ぬらりひょんの言葉が事実だと分かった。

「この場で宣言する。藤宮家との旧盟約は、これをもって解約する。巫女が妖を招き、俺の妻を襲わせた時点で人間側が先に盟約を破った。以後、生贄と引き換えに庇護を与えることはない」
「お待ちください。それでは人里が!」
「人里への不侵は、棗との間で結び直す。藤宮家を介する必要はない」

 家の権威を支えていたものが、その一言で消えた。
 藤宮家は人里を守る一族ではない。
 娘の命を売り、妖の力へ縋ってきた一族。

 父がぬらりひょんの前へ膝をつく。

「どうか、お考え直しを。藤宮家は何代にもわたり、御前様へ娘を捧げてきました」
「その娘たちの命を、自分たちの功績として数えるのか。領民は守る。だが、お前たちの地位まで守る約束はしていない」

 参列者が次々と席を立つ。
 花婿の父が杏を見た。

「妹君を妖へ襲わせた女を、我が家へ迎えるわけにはいかぬ」
「待って。私は」

 花婿も目を逸らし、父とともに去っていく。
 杏は裂けた白無垢の袖をつかんだ。
 母は杏へ駆け寄るより先に、去っていく婚家の者たちを引き止めようとした。
 誰も杏の裂けた袖を直そうとはしない。

「棗が悪いのよ」

 口からこぼれた言葉に、残った者たちの視線が冷たくなる。

「棗が死んでいれば、何も狂わなかった。私の力も、祝言も、全部!!」
「あぁ、最後にもう一つ」

 ぬらりひょんが杏へ向き直る。

「棗の願いだ。お前との因果を切る」
「嫌よっ!」

 杏は胸元を押さえた。
 ここでつながりを失えば、本当に何も残らない。

「私たちは双子なのよ。棗は私を支えるために生きればいいのよ!!」
「棗は、お前のために生まれたのではない」