妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 庭の硝子戸が砕け、祝言の席へ黒い妖が飛び込んだ。
 白無垢の杏へ、飢えた爪が伸びる。
 祝膳がひっくり返り、赤い鯛が畳へ落ちた。盃の酒が白無垢の裾へ散り、甘い香へ生臭い妖気が混じる。

「きゃあっ!」

 杏は咄嗟に祓いの印を結んだ。
 いつもなら光を放つはずの指先が、何の力も返さない。
 祝詞を唱えても、声だけが虚しく響いた。

「嫌っ……!どうして――」

 妖の爪が白無垢の袖を裂く。
 参列者から悲鳴が上がった。花婿さえ杏を置いて後ずさる。

「助けて!」

 杏が手を伸ばしても、花婿はその手を取らない。
 白無垢を自慢した日、棗も誰にも助けられなかった。その時と同じように、祝いの席の者たちは自分の身を守ることで精いっぱいだった。
 妖は杏の身体から棗の匂いを嗅ぎ取り、口を大きく開いた。

 その瞬間、庭先の空気が変わった。
 最初からそこにいたかのように、ぬらりひょんが杏と妖の間へ立っている。

 ぬらりひょんが片手を上げる。
 妖は喉をつかまれ、声を上げる間もなく黒い塵へ変わった。

 百鬼の主。
 棗を抱き上げ、藤宮家から連れ去ったぬらりひょん。
 杏は震えながらその姿を見上げた。