妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

「……まさか、これほどとは」

 蛍の声から、初めて余裕が消えた。

 棗を恐れている。
 百鬼の主が、自分を。
 その恐れは、嫌悪ではなかった。

 棗の中から人の娘が消えていくことを恐れている。そのことまで、龍眼には見えた気がした。
 そう理解した途端、膝から力が抜けた。

 床へ手をつく。呼吸が速い。喰った妖たちの声が重なり、頭蓋の内側を掻きむしる。

「うっ……くっ!」

 さらに一匹が、庭の塀を越えて逃げた。
 棗には敵わないと悟り、より弱い獲物へ向かう。
 妖が辿っていく霊力の糸が、龍眼に見えた。
 棗と同じ匂いをまとった、遠くにいる女。

「はぁっ……はぁっ……これは、姉様……?」

 今日が杏の祝言の日であることを思い出す。
 妖たちが侵入に使った護符の気配も、杏の霊力と同じ。
 護符へ残った記憶の欠片が、棗の視界を横切る因果の糸。

 杏が手引きした。
 棗を喰わせるために。
 それでも、逃げた妖が杏を喰う光景を想像すると、胸が冷えた。

「棗、大丈夫か」

 蛍が肩を抱くと、棗は鱗の浮き始めた手で、彼の衣をつかんだ。

「……姉様を、助けてください」
「お前を殺そうとした女だぞ」
「死んでほしいわけでは、ありません」

 息をするだけで胸が痛む。
 それでも言葉を続けた。

「ただ、もう私と無関係になってほしいのです」