棗が死んでいれば四十九日に当たる朝、杏は白無垢へ袖を通す。
一度、棗へ見せたものと同じ白無垢。
鏡の中の自分は美しかった。
綿帽子の下には、棗と同じ顔がある。 けれど、同じ顔だからこそ、自分の方が美しい。
棗は表情を持たず、髪も肌も手入れされていなかった。自分は愛されるために磨かれてきた。
銀糸の鶴が光を受け、綿帽子の白が肌を明るく見せる。今日を境に、杏は由緒ある家の妻となる。
それなのに、胸の奥へ不安がこびりついていた。
昨夜、杏は屋敷の裏手にある森へ入った。
幼い頃から決して近づくなと言われていた、妖との境界。
護符へ自分の血を垂らすと、暗闇の奥からいくつもの目が開く。
「棗を喰えば、莫大な霊力が手に入るわ」
杏は闇へ囁いた。
「あの子は百鬼の主の屋敷にいる。けれど、まだ真名の契約は結ばれていない。私の護符を持てば、棗と私をつなぐ因果を通って結界の内へ入れる」
妖たちは警戒していた。
棗が同胞を喰った悪食花嫁だという噂は、すでに広がっている。
「一匹では敵わなくても、皆で襲えばいいでしょう。たかが人間の娘一人よ」
闇の奥から、棗を喰った同胞の匂いがする、と低い声が返った。
「だからこそ価値があるのよ。あの子を喰えば、喰われた妖の力まで手に入るわ」
闇の中で、飢えた息が重なった。
護符には杏の血と、長年棗から流れ込んでいた霊力が染みついている。
ぬらりひょんの結界は棗の気配を拒まない。
妖たちは棗自身の霊力へ紛れ込み、屋敷の内へ通されるはず。
その数は、両手では足りないほど。棗が妖を喰えるとしても、すべてを相手にできるはずがない。
妖たちが消えた後、すぐに屋敷へ戻り、何もなかった顔で湯を浴びた。
棗がどうなろうと、自分には関係ない。
元の順序へ戻るだけ。
棗は死に、自分は嫁ぐ。
そのためだけに二人は生まれたのだから。
一度、棗へ見せたものと同じ白無垢。
鏡の中の自分は美しかった。
綿帽子の下には、棗と同じ顔がある。 けれど、同じ顔だからこそ、自分の方が美しい。
棗は表情を持たず、髪も肌も手入れされていなかった。自分は愛されるために磨かれてきた。
銀糸の鶴が光を受け、綿帽子の白が肌を明るく見せる。今日を境に、杏は由緒ある家の妻となる。
それなのに、胸の奥へ不安がこびりついていた。
昨夜、杏は屋敷の裏手にある森へ入った。
幼い頃から決して近づくなと言われていた、妖との境界。
護符へ自分の血を垂らすと、暗闇の奥からいくつもの目が開く。
「棗を喰えば、莫大な霊力が手に入るわ」
杏は闇へ囁いた。
「あの子は百鬼の主の屋敷にいる。けれど、まだ真名の契約は結ばれていない。私の護符を持てば、棗と私をつなぐ因果を通って結界の内へ入れる」
妖たちは警戒していた。
棗が同胞を喰った悪食花嫁だという噂は、すでに広がっている。
「一匹では敵わなくても、皆で襲えばいいでしょう。たかが人間の娘一人よ」
闇の奥から、棗を喰った同胞の匂いがする、と低い声が返った。
「だからこそ価値があるのよ。あの子を喰えば、喰われた妖の力まで手に入るわ」
闇の中で、飢えた息が重なった。
護符には杏の血と、長年棗から流れ込んでいた霊力が染みついている。
ぬらりひょんの結界は棗の気配を拒まない。
妖たちは棗自身の霊力へ紛れ込み、屋敷の内へ通されるはず。
その数は、両手では足りないほど。棗が妖を喰えるとしても、すべてを相手にできるはずがない。
妖たちが消えた後、すぐに屋敷へ戻り、何もなかった顔で湯を浴びた。
棗がどうなろうと、自分には関係ない。
元の順序へ戻るだけ。
棗は死に、自分は嫁ぐ。
そのためだけに二人は生まれたのだから。



