妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

「お前の霊力は、人の身へ収まる量ではない。漏れたものが姉に流れ、あちらは巫女として持ち上げられてきた」
「では、姉様の力は……」
「ほとんどがお前のものだ」

 蛍の視線が棗へ向く。
 忌子として閉じ込められていた自分の力で、杏は祝福の娘と呼ばれていた。
 杏を羨んでいたわけではない……それでも、胸の底へ鈍い痛みが落ちた。

「俺が欲しいのは、龍眼を持つ棗だけだ。姉ごときでは代わりは務まらない」

 棗は膝の上で指を握った。
 使者はなおも何か言おうとしたが、ぬらりひょんが視線を向けただけで口を閉ざした。
 深く頭を下げ、逃げるように広間を去ると、棗は閉じられた襖を見つめた。

「杏の方が、妻としては扱いやすいはずです。あなたへ従い、名もすぐに呼ぶでしょう」
「そうだろうな。だが霊力はお前の足元にも及ばない」

 藤宮家は、自分を取り戻したいのではない。
 杏の力を戻すために、また棗を使いたいだけ。

「何より、以前よりもお前に、俺の名を呼ばせたくなった」

 以前にも聞いた言葉。
 けれど、杏との交換を迷いなく退けた後に言われると、響きが違って聞こえる。

 自分は取り替えられない。
 藤宮家では、一度も与えられなかった言葉だった。
 杏の代わりではない。生贄の代わりでもない。
 棗という一人の人間が必要だと、初めて告げられた。

 その事実が、胸の中へ小さな熱を残した。