妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 父はすぐに答えなかった。
 その沈黙を、杏は肯定として受け取った。

「杏?」
「そうすれば、すべて元に戻るのでしょう」

 胸の中に、初めてはっきりとした決意が落ちた。
 棗が百鬼の主へ選ばれたのは、間違いだ。
 間違いは、祝言の日までに正さなければならない。

 杏は自室へ戻り、幼い頃から身につけていた護符を箱から取り出す。
 藤の紋が描かれた薄い札。幼い頃、棗と離れていても体調を崩さないようにと母から渡されたもの。
 今思えば、棗から流れる力を安定させるための術具だったのだろう。

 護符へ触れると、棗の霊力の残り香がかすかに指へまとわりついた。

 杏は幼い頃を思い返した。
 祈祷の前になると、離れの棗が熱を出したことが何度もあった。杏が大きな術を成功させた夜、棗は一人で寝込んでいた。

 当時は、忌子は身体まで弱いのだと笑っていた。
 今なら、杏が力を使うたび、棗から霊力を吸い上げていたのだと分かる。
 それでも罪悪感より先に湧いたのは、なぜ今になって十分に流し続けなかったのかという苛立ちだった。

「最初から、私へ全部くれればよかったのよ」

 誰もいない部屋で呟く。
 棗は死ぬための妹。ならば、力も命も、自分の祝言を守るために使われて当然。
 杏は護符を握り、森の境界へ向かう日を決めた。

 祝言まで、残された日は少なかった。