妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 思わず目を伏せた。
 美味しいという感覚すら、誰かに知られるのが怖くなる。

「気に入ったなら、明日も同じものを用意させる」
「……毎日太らせるおつもりで」
「その解釈から離れろ」

 連れてこられた屋敷は、外から見た輪郭と内側の広さがまるで噛み合わず、混乱するばかり。
 廊下を進むたびに部屋が増え、同じ角を曲がったはずなのに別の庭へ出る。
 どこにでも、初めからそこにいたように入り込む。
 ぬらりひょんという妖の性質が、屋敷そのものへ染み込んでいるのかもしれない。

 数日が過ぎても、棗の部屋へ鍵が掛けられることはなかった。
 夜中に廊下へ出ても、見張りに止められない。庭を歩けば、妖たちは遠巻きに道を空ける。

 逃げようと思えば逃げられる。
 けれど、門の外には棗を喰いたがる妖がいる。人里へ戻れば藤宮家に捕まる。
 自由な部屋を与えられても、行く先を持たない自分へ気づかされるだけ。

 妖たちの前へ出る時、棗は必ず彼の隣へ立たされた。

 百鬼の主が娶った人間の娘。
 その紹介を受けるたび、居並ぶ妖の視線が棗へ突き刺さる。
 藤宮家で浴びていた、獲物を見る視線とは違う。警戒と畏怖。

「妖を喰った娘だとよ」
「あの眼を見たか。百鬼の主すら脅かす龍の眼だ」

 囁きは隠されることなく耳へ届いた。
 喰われるために差し出されたのに、襲ってきた妖を喰い返した娘。
 妖たちは棗を、悪食花嫁と呼び始めた。
 ある妖が、棗のすぐ後ろで鼻を鳴らした。

「人間の娘が御前の隣とは、随分と高い場所へ上がったものだ」

 棗が振り返ると、龍眼には妖の胸の奥にある小さな核が見えた。