妖喰いの悪食花嫁〜喰われるはずの生贄は、百鬼の主と百日の契約結婚を結ぶ〜

 ぬらりひょんの双眸が、まっすぐ棗を捉えた。

「――(ほたる)。それが俺の名だ」

 涼やかな響き。
 耳の中で転がすだけなら、美しいとすら思える。

「ずいぶんと、あなたらしくない名ですね」
「気に入らないか」
「いいえ。意外だっただけです」
「百日以内にお前が俺の名を呼べば、婚姻は恒久のものとなる。呼ばなければ契約は満了だ」
「……呼ばなかったら?」
「そうだな、その時はいっそ喰ってしまうか」

 先ほどまでの打算とは違う温度が、わずかに声へ混じる。
 その一方で、必ず自分の名を呼ばせられるという、自信に満ちた顔。

「なら、今喰ってしまえばよいのでは?」
「お前を喰うより、俺の名を呼ばせたくなった」

 棗はそれを信じない。
 不要になれば捨てられる。最初から何も期待しなければ、傷は浅く済む。

「食材相手の名前を、いちいち呼ぶわけがないでしょう」
「俺が食材か」
「あなたに喰われる前に、私があなたを喰えば終わりですから」
「ははっ!その返しは想像してなかった!」

 ぬらりひょんの眉が面白そうに動き声を立てて笑う。

「見ていろ。百日で必ず、お前の口から呼ばせてみせる」
「賭けですか」
「そう取って構わない」

 百鬼の主としての自信に満ちた声。
『あなた』か『ぬらりひょん様』。それ以外の呼び方はしない。する気もない。

「百日、よろしく頼む。花嫁殿」

 目の前に差し出された大きな手。
 棗は冷めた目で、その手をちらりと視線を落としただけ。

「呼び方だけで、花嫁になったつもりはありません」
「それも百日で変えてみせよう」

 喰うか、喰われるか。
 どちらが先に相手を手に入れるのかを競うような、百日の契約結婚が始まった。