至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 切り分けた鶏肉に下味をつける。
 塩コショウをして、塩麹でもみ込む。
 
 この世界に来て、タツキは日本にあった調味料をいくつも再現した。醤油や味噌に続き、麹もその一つだ。
 お陰で春待国には、タツキが再現した日本の調味料が広まった。

「これ、なに?」

 晴が塩麹を興味深そうに見詰めた。クンクンと鼻をひくつかせる。

「これはなぁ、塩麹っていう発酵食品だ、ほれ」

 ボウルの中で揉み込んだ肉を見せる。
 クンクンと鼻を動かした晴が、タツキを見上げた。

「甘い匂いがするよ」
「さすが、鼻がいいな。ちょっと舐めてみな」

 スプーンでタレを掬って晴の口に運ぶ。
 ぺろりと舐めた晴が口を押さえた。

「色んな味がする。甘くて、辛くて、しょっぱい」
「へぇ、こいつぁ、見事だな。晴は舌が良いね」

 タツキは素直に感心した。使った調味料の味を見事に感じ取っている。
 もしかしたら、舌の鋭敏さはタツキ以上かもしれない。

「舌が良いの?」
「羨ましいくらいだ。ほれ、下がりな」

 台をずらして、晴をコンロから離す。
 温まった油の中に、薄く粉をまとわせた肉を油に落とす。白い泡がぱっと広がった。
 やがて音が軽くなり、衣が狐色に変わっていく。
 じゅっと肉が揚がる音が軽快に弾けた。

「うわぁ、ジュワジュワ、パチパチ」

 台の上で小さくぴょんぴょん跳ねながら、晴が鍋の中を覗く。

「あんまり近付くと火傷するぜ。俺より前に出ちゃダメだぞ」
「うん、わかった」

 聞き分けよく返事して、晴が興味深そうに鍋を眺めていた。
 カラッと揚がった唐揚げをバットで油切りする。
 千切りキャベツを添えた皿に唐揚げを盛る。味噌汁とご飯を添えた。

「できたぜ。さぁ、召し上がれ」

 唐揚げ定食を出して、タツキはハッカ棒をかじった。
 目の前に置かれた唐揚げ定食を、晴がキラキラした目で眺めた。

「握り飯二個くらいじゃ、足りないだろ。しっかり食べな」

 獣人は成長が速い分、食欲旺盛だ。
 小さくても人間の成人と同じくらいの量を食べる。

「う、うん」

 頷いて、晴が箸を持った。持ち方を知らないのか、握り箸だ。
 中津公国は、中華系と和風を合わせたような国だ。春待国にも箸の文化がある。

(人気のない森にいたくらいだ。人の街に来るのは、初めてなのかもな)

 晴が唐揚げを、ぱくりとした。

「はふ、熱い」
「ふぅふぅして、冷まして食いな」

 はふはふしながらも、何とかもぐもぐして、ごくりとする。
 晴の顔が、キラキラ輝いた。

「美味しい……!」

 両手をぐっと握って、美味しさを噛み締めている。

(この顔が、たまらないねぇ)

 美味いものを食べた時の、美味しいという顔が、タツキは大好きだ。

「そうだろ。得意の唐揚げ定食だ。どんどん食え」

 頷いて、晴が勢いよくがっついた。
 その姿を、タツキは満足な心持ちで眺めていた。

「美味しかった……」

 ご飯とみそ汁をお代わりして、作った唐揚げを全部平らげた晴が息を吐いた。

「いい食欲だな、晴。見ていて気持ちがいいぜ」

 カラカラと笑う。晴が恥ずかしそうに俯いた。

「飯を食い終わったら、ごちそうさまでした。食う前はいただきます、って言うんだ」
「そうなの? どうして?」

 晴が首を傾げた。
 タツキは、空になった皿を指さした。

「そこに乗ってた唐揚げ、元はホゥホゥ鳥だ。生きていた」
「うん」
「植物だって、土に根を生やしている時は、生きていたんだ。生物の命をいただきます。食べたら、御馳走ありがとうで、ごちそうさま。命に感謝して、食うんだよ。俺たちを生かしてくれるのは、命だ」

 晴が目をまん丸に見開いた。
 初めて知ったと言った顔だ。

「ごちそうさまでした」

 晴が手を合わせると、皿に向かってぺこりと頭を下げた。

「はい、よくできました」

 晴の頭を撫でる。狸の耳がぴくぴくと跳ねた。
 その頬が赤く色づく。

「褒めてもらえて、嬉しい」
「晴はいい子だから、いっぱい褒めるぞ。ダメなことは叱るけどな」
「うん……あのね」
 
 晴が上目遣いにタツキを見上げる。

「ん? どうした」
「僕も、料理できるようになりたい。美味しいを作りたい」
「……え?」

 咥えていたハッカ棒が、ぽろっと落ちた。

「晴、料理に興味、あるのか?」
「うん。おにぎりも、唐揚げも、美味しかった、から」

 タツキはあんぐりと口を開けて呆けた。

「食べたら、胸の中があったかくなった。僕も、そういうの作りたい……僕に料理、教えてください!」

 晴がタツキに向かって頭を下げた。

「いや、教えるのは別に、いいけど」

 息子が冒険者になって、誰かに料理を教えるのは諦めていた。
 タツキの脳裏に跡取りの文字が浮かぶ。

(いや、拾った子に看板を背負わせるなんて重荷は残せねぇけど)

 それは別にしても、自分の味を引き継いでくれるかもしれない。
 そう思ったら、欲が湧いた。

「俺の味、覚えてくれるのか」

 晴が深く頷いた。

「教えてください、師匠!」
「師匠って……」

 強い眼差しがタツキを見詰める。

(そうか、そうだよな。晴にとっては生きる手段に、なるよな)

 タツキにとって料理が生きる糧になったように、晴にとっても生きる役に立つかもしれない。覚えて悪いことはない。
 自分の欲と何とか折り合いをつけようと考える。

(それでも俺に都合がいい気がするが。晴のためになるなら)

 悶々と考えて、タツキは自分の額を叩いた。

「ええぃ、考えても仕方ねぇや。教えてやる」
「本当に?」

 晴の顔が、ぱぁっと明るくなった。
 その顔を眺めて、タツキは吹き出した。

「晴、お前。そんな顔もできるんだなぁ。いい顔だ」

 晴の頬をむにっと摘まむ。子供の柔らかい肌だ。

(こんなに小せぇのに、色んなこと考えてんだろうな)

 言葉数は少ないが、感情は豊かだし、賢そうな子だ。
 自分の今後も考えているのだろう。
 
「俺が晴に手に職、付けてやる。どこに出ても恥ずかしくない料理師に育ててやるよ」

 テーブルの上に落としたハッカ棒を拾って、がりっと噛んだ。

「ありがとうございます、師匠!」
「師匠ってのは、照れるけどなぁ」

 今まで呼ばれたことがないので、気後れする。

「でも、師匠って呼びたい。唐揚げ、美味しくて感動したから。僕も師匠みたいに、誰かを感動させたいから」

 晴が控えめに自己主張する。縋るような目でねだられると、嫌とは言えない。

「そんな風に言われたら、余計に照れんだろ。ま……いいぜ、師匠で」

 照れくさくて、ポリポリと頬を掻く。
 
(父親じゃなくて、師匠か。思ってもみなかったな)

 育ててやる覚悟はある程度していたが、料理を教えることになるとは思わなかった。

(こいつぁ、まるで神様からのギフトだな)

 人生の後半で初めて弟子ができた。小さな感動が、ジワリと湧いた。

「でも、敬語はやめようぜ。むず痒い」
「わかったよ。ありがとう、師匠」

 晴がニコリと笑んだ。
 まだぎこちないが、はっきり笑った。

(やっと笑ったな。可愛く笑えんじゃねぇの)

 晴の笑顔が崩れないように、可愛い笑みを静かに見守った。