火を止めて十分ほど寝かせる。
仕上がったビックリ煮込みを皿に盛る。
大きな角煮を真ん中に野菜を盛り付ける。
「師匠、卵、半分に切れた」
「よし、角煮の傍に……そうそう、添えてくれ」
晴が角煮の周囲に半分に切ったトロトロ煮卵を添えた。
「うん、完成だ」
頷いたタツキは、晴と顔を合わせた。
すっと拳を出す。
タツキの拳を眺めていた晴が、気が付いた顔をした。
小さな拳を出して、タツキの拳にぶつけた。
「二人で作ったビックリ煮込みだ」
「二人で、作った……うん!」
晴の満面の笑みを眺めながら、タツキも笑った。
しばらくして、制限時間になった。
調理を終えた料理師たちが、張り詰めた気を解いた。
係の者が料理を受け取りに来た。
六種類の料理が、神聖な御饌台に供えられる。
巫女・礼奈が立ち上がった。
「料理師たちよ、良くやり遂げました。これより、選別の儀に入ります。御宿石様が御自ら、この中の一品から一匙掬って、料理をお選びになります。その料理を作った者こそが、この豊穣祭の至高の一匙です」
礼奈が近衛兵に促され、祠の前から下がった。
大きな一枚岩の祠に白い光が走る。
「何の光だ……?」
「あれが御宿石様?」
会場がざわめいた。
白い光は徐々に強くなり、短かった稲妻が長く伸びる。
光の先が、ビックリ煮込みに伸びた。
「やった……!」
晴が叫んだ瞬間、光の線が止まった。
伸びた光が、二つ隣の三段ステーキに触れた。
「きた! 俺の料理だ!」
高らかに男が叫んだ。
「選ばれたのは、俺だ!」
大喜びする男を余所に、礼奈が光をじっと見詰める。
タツキも、同じように光を見詰めていた。
(様子が変だ。前は白い光が柱みたいになって、料理を包んでた。稲妻になったりしなかった)
タツキは晴の体を引き寄せた。
「師匠……?」
「よくわからねぇが、俺から離れるな、晴」
「うん、わかった」
晴がタツキの服を握り締めて、身を寄せた。
品定めでもするかのように三段ステーキを窺っていた白い光が、すっと消えた。
会場に静寂が落ちた。
「何が、起きたんだ」
イレギュラーな事態に、蓮也が礼奈の前に出た。
――バリッ
空を裂くような雷鳴が響いた。
次の瞬間、白い落雷が、三段ステーキに落ちた。
「うわっ」
「きゃあ!」
周囲から悲鳴が上がる。
三段ステーキが真っ黒い消し炭に変わっていた。
その場にいる全員が、呆気にとられた。
「……は? なんなんだ? 選ばれたのか?」
三段ステーキを作った男が呟いている。
(違う、選ばれたんじゃない。これは拒否されたんだ)
張り詰めた空気を肌でビリビリと感じる。
理屈云々ではない。神が怒っていると本能で感じ取れる。
「……誰だ」
礼奈が、ぽそりと言った。
「誰があの肉を使った?」
蓮也が後ろを振り返った。
「礼奈様……?」
礼奈の目が、金色の光を帯びている。
さっきまでとは別人の形相だ。その顔は明らかに怒りに染まっていた。
「神聖な竜を殺し、吾に捧げようなどと考える恥知らずは、誰だと聞いている」
礼奈の目が料理師たちを一瞥した。
三段ステーキを作った料理師が怯えて腰を抜かした。
「あの料理師を捕えよ!」
蓮也の号令で兵たちが動き出す。腰を抜かした料理師が捕らえられた。
「まさか、竜を殺したのか?」
タツキは思わず呟いた。
「竜は食べちゃいけないの?」
怯える晴の肩を抱いて、タツキは頷いた。
「御宿石様は竜肉を好まねぇんだ。神々は基本、神の使いである竜を食わねぇ。人だって今時、竜は食わねぇよ」
中津公国があるユーリィン大陸の中央には竜王が住んでいる。御宿石と同じように神と崇められる存在だ。
竜王が守る竜は、近年になり狩猟が禁止された。大昔は狩りをして食う者もあったらしい。今は市場に出回りもしない禁忌の珍味だ。
「人は竜肉を食っていたじゃないか。竜王は西の魔王と呼ばれる恐ろしい存在だろ!」
捕えられた料理師が叫んだ。
確かに、それも事実だ。御宿石も東の魔王と呼ぶ者がある。神が魔性と隣り合わせなのは間違いない。
「神の怒りに触れる料理を作った事実が問題だ。リサーチ不足だぞ」
蓮也が料理師を諫めた。
礼奈の目が料理師に向いた。静かに指を向ける。
バリ、っと料理師の頭上で、稲妻が弾ける音がした。
「え……?」
料理師の頭の上に現れた稲玉から、白い稲妻が落ちた。
「あ……あぁっ!」
料理師の体を稲妻が覆い尽くす。
しゅぅ、と音を立てて、稲妻が消えた。男がその場に倒れた。
呆気にとられていた蓮也が我に返って料理師に寄る。
首に手を添えて、心臓の音を確認している。
「大丈夫、生きている。急ぎ、救護班へ!」
意識をなくして、ぴくぴくと痙攣する料理師が担架で運ばれて行った。
「神の怒りを知れ」
礼奈が短く言い放った。
「おい……これ、どうなるんだ」
「誰が選ばれる?」
「もう、そんな次元の話じゃないだろ」
会場がまた、ざわついた。
礼奈が料理の前に立った。一品一品を眺め、匂いを嗅ぎながら確かめていく。
(目がまだ金色を纏っている。御宿石様が憑依しているのか?)
巫女とは本来、そういう存在なのかもしれないが。
あまりに人間離れした雰囲気に、怖気が走る。
礼奈が、ビックリ煮込みの前で止まった。
じっくりと匂いを確かめている。その口元に笑みが上った。
「良い御饌じゃ。だが、足りぬな」
礼奈の指が真っ直ぐにタツキに向いた。
ビクリ、とタツキの肩が跳ねた。
「やはりお前は良い、キジムラ・タツキ。だが、この一品では吾の怒りが収まりそうにない……もっと、作れ」
「……え?」
思いもよらない言葉に、タツキは固まった。
「できぬというなら、吾の封印は緩むぞ。そこな勇者に怒り狂った吾が封じられようかな」
礼奈がクスクスと笑った。
何の準備もなく、怒り狂った御宿石を鎮め封印なんて、いくら勇者の蓮也でも不可能だ。
蓮也がタツキを見詰めた。
「頼む、タツキ」
蓮也の目が必死だ。
(当然だよな。イレギュラーな状態の上、礼奈様を人質にとられているようなもんだ)
神を降ろした巫女が元に戻れる保証はない。それこそ神様のご機嫌次第だ。
「吾の怒りを鎮める料理を作ってみせよ」
礼奈がニタリと笑んだ。
タツキは、息を飲んだ。
「……承知しました。作ります」
タツキは、そう返事をするしかなかった。
仕上がったビックリ煮込みを皿に盛る。
大きな角煮を真ん中に野菜を盛り付ける。
「師匠、卵、半分に切れた」
「よし、角煮の傍に……そうそう、添えてくれ」
晴が角煮の周囲に半分に切ったトロトロ煮卵を添えた。
「うん、完成だ」
頷いたタツキは、晴と顔を合わせた。
すっと拳を出す。
タツキの拳を眺めていた晴が、気が付いた顔をした。
小さな拳を出して、タツキの拳にぶつけた。
「二人で作ったビックリ煮込みだ」
「二人で、作った……うん!」
晴の満面の笑みを眺めながら、タツキも笑った。
しばらくして、制限時間になった。
調理を終えた料理師たちが、張り詰めた気を解いた。
係の者が料理を受け取りに来た。
六種類の料理が、神聖な御饌台に供えられる。
巫女・礼奈が立ち上がった。
「料理師たちよ、良くやり遂げました。これより、選別の儀に入ります。御宿石様が御自ら、この中の一品から一匙掬って、料理をお選びになります。その料理を作った者こそが、この豊穣祭の至高の一匙です」
礼奈が近衛兵に促され、祠の前から下がった。
大きな一枚岩の祠に白い光が走る。
「何の光だ……?」
「あれが御宿石様?」
会場がざわめいた。
白い光は徐々に強くなり、短かった稲妻が長く伸びる。
光の先が、ビックリ煮込みに伸びた。
「やった……!」
晴が叫んだ瞬間、光の線が止まった。
伸びた光が、二つ隣の三段ステーキに触れた。
「きた! 俺の料理だ!」
高らかに男が叫んだ。
「選ばれたのは、俺だ!」
大喜びする男を余所に、礼奈が光をじっと見詰める。
タツキも、同じように光を見詰めていた。
(様子が変だ。前は白い光が柱みたいになって、料理を包んでた。稲妻になったりしなかった)
タツキは晴の体を引き寄せた。
「師匠……?」
「よくわからねぇが、俺から離れるな、晴」
「うん、わかった」
晴がタツキの服を握り締めて、身を寄せた。
品定めでもするかのように三段ステーキを窺っていた白い光が、すっと消えた。
会場に静寂が落ちた。
「何が、起きたんだ」
イレギュラーな事態に、蓮也が礼奈の前に出た。
――バリッ
空を裂くような雷鳴が響いた。
次の瞬間、白い落雷が、三段ステーキに落ちた。
「うわっ」
「きゃあ!」
周囲から悲鳴が上がる。
三段ステーキが真っ黒い消し炭に変わっていた。
その場にいる全員が、呆気にとられた。
「……は? なんなんだ? 選ばれたのか?」
三段ステーキを作った男が呟いている。
(違う、選ばれたんじゃない。これは拒否されたんだ)
張り詰めた空気を肌でビリビリと感じる。
理屈云々ではない。神が怒っていると本能で感じ取れる。
「……誰だ」
礼奈が、ぽそりと言った。
「誰があの肉を使った?」
蓮也が後ろを振り返った。
「礼奈様……?」
礼奈の目が、金色の光を帯びている。
さっきまでとは別人の形相だ。その顔は明らかに怒りに染まっていた。
「神聖な竜を殺し、吾に捧げようなどと考える恥知らずは、誰だと聞いている」
礼奈の目が料理師たちを一瞥した。
三段ステーキを作った料理師が怯えて腰を抜かした。
「あの料理師を捕えよ!」
蓮也の号令で兵たちが動き出す。腰を抜かした料理師が捕らえられた。
「まさか、竜を殺したのか?」
タツキは思わず呟いた。
「竜は食べちゃいけないの?」
怯える晴の肩を抱いて、タツキは頷いた。
「御宿石様は竜肉を好まねぇんだ。神々は基本、神の使いである竜を食わねぇ。人だって今時、竜は食わねぇよ」
中津公国があるユーリィン大陸の中央には竜王が住んでいる。御宿石と同じように神と崇められる存在だ。
竜王が守る竜は、近年になり狩猟が禁止された。大昔は狩りをして食う者もあったらしい。今は市場に出回りもしない禁忌の珍味だ。
「人は竜肉を食っていたじゃないか。竜王は西の魔王と呼ばれる恐ろしい存在だろ!」
捕えられた料理師が叫んだ。
確かに、それも事実だ。御宿石も東の魔王と呼ぶ者がある。神が魔性と隣り合わせなのは間違いない。
「神の怒りに触れる料理を作った事実が問題だ。リサーチ不足だぞ」
蓮也が料理師を諫めた。
礼奈の目が料理師に向いた。静かに指を向ける。
バリ、っと料理師の頭上で、稲妻が弾ける音がした。
「え……?」
料理師の頭の上に現れた稲玉から、白い稲妻が落ちた。
「あ……あぁっ!」
料理師の体を稲妻が覆い尽くす。
しゅぅ、と音を立てて、稲妻が消えた。男がその場に倒れた。
呆気にとられていた蓮也が我に返って料理師に寄る。
首に手を添えて、心臓の音を確認している。
「大丈夫、生きている。急ぎ、救護班へ!」
意識をなくして、ぴくぴくと痙攣する料理師が担架で運ばれて行った。
「神の怒りを知れ」
礼奈が短く言い放った。
「おい……これ、どうなるんだ」
「誰が選ばれる?」
「もう、そんな次元の話じゃないだろ」
会場がまた、ざわついた。
礼奈が料理の前に立った。一品一品を眺め、匂いを嗅ぎながら確かめていく。
(目がまだ金色を纏っている。御宿石様が憑依しているのか?)
巫女とは本来、そういう存在なのかもしれないが。
あまりに人間離れした雰囲気に、怖気が走る。
礼奈が、ビックリ煮込みの前で止まった。
じっくりと匂いを確かめている。その口元に笑みが上った。
「良い御饌じゃ。だが、足りぬな」
礼奈の指が真っ直ぐにタツキに向いた。
ビクリ、とタツキの肩が跳ねた。
「やはりお前は良い、キジムラ・タツキ。だが、この一品では吾の怒りが収まりそうにない……もっと、作れ」
「……え?」
思いもよらない言葉に、タツキは固まった。
「できぬというなら、吾の封印は緩むぞ。そこな勇者に怒り狂った吾が封じられようかな」
礼奈がクスクスと笑った。
何の準備もなく、怒り狂った御宿石を鎮め封印なんて、いくら勇者の蓮也でも不可能だ。
蓮也がタツキを見詰めた。
「頼む、タツキ」
蓮也の目が必死だ。
(当然だよな。イレギュラーな状態の上、礼奈様を人質にとられているようなもんだ)
神を降ろした巫女が元に戻れる保証はない。それこそ神様のご機嫌次第だ。
「吾の怒りを鎮める料理を作ってみせよ」
礼奈がニタリと笑んだ。
タツキは、息を飲んだ。
「……承知しました。作ります」
タツキは、そう返事をするしかなかった。



