準備された調理台を確認する。水道もコンロも魔法で整備されている。
タツキは目の前に準備された食材に目を向けた。
野菜から肉、麺から米まで種類豊富に揃っている。
「どうして食材があるの? 僕らは持ってきたよね?」
晴が不思議そうに首を傾げた。
「基本は持ち込みだが、足りなくなれば中央が揃えた食材を使えるんだ。一般的なもんしかないけどな」
タツキが食材ハントしたガルガル猪やカラスうずらのような珍しい高級食材は揃っていない。
「そうなんだね」
晴の目が食材の積まれた台を、じっと見詰めていた。
「準備するぞ、晴」
「はい、師匠!」
ピッと手を上げて、自分用の包丁や鍋をセッティングしていく。
隣から視線を感じて、タツキは目をやった。
隣の調理台で準備をしている青年と目が合った。
(まだ若い……二十歳くらいか? 知らねぇ男だな)
タツキと目が合うと、男が慌てた様子で目を逸らした。
違和感を持ちつつ、タツキは準備に集中した。
パン、と一つ、花火が鳴った。
豊穣祭料理大会の開始の合図だ。
参加者たちは、それぞれの調理台に整列した。
見届け人として参加している祭主の娘が立ち上がった。
(今年は長女の巫女様か。礼奈様、だったか)
現祭主はタツキが異世界召喚された時に御子だった男だから、あまり良いイメージがない。
その娘となると、タツキにとってはマイナスイメージだ。
中央を収める祭主の一族は、タツキを期待外れと罵った人間たちだ。その後、至高の一匙に選ばれてからは態度が一変した。
それ以降、待遇も良くなったが、タツキは祭主の一族が苦手だ。
「御宿石様に御饌を捧げる時が来た。中津公国を代表する料理師たちよ。存分に腕を振るい、自慢の御饌が至高の一匙となるよう励みなさい」
口上を述べると、礼奈が手を上げた。
「それでは、始め」
上げた手を礼奈が振り下ろす。
料理師たちが、一斉に動き出した。
「僕、野菜切ります!」
晴が自分の包丁でゴボウを切り始めた。
ゴボウがくるくる転がって、まな板から落ちた。
「あれ、あれれ」
洗った野菜を手に取ろうとして、つるりと滑る。
「うまく取れない。あれれ」
「晴、おーい、晴」
動きばかりが空回っているようだ。
仕方なく、タツキは晴の耳をむにっと摘まんだ。
「ひゃぁ! 師匠、何するの?」
耳を抑えて、晴が困ったように眉を下げる。
「ほら、おいで」
タツキは腕を広げてみせた。
抱き付きかけた晴が、動きを止めた。周囲をきょろきょろと見回す。
「僕、子供じゃないよ。他の人も見てるよ」
晴が、ぷぃっとそっぽを向いた。
どうやら人の目を気にしたらしい。
(いやいや、子供だろうがよ)
その証拠に、他の参加者がチラチラと晴の姿を眺めて、コソコソ話している。
「いいから、来いって」
晴の腕を引っ張って、胸に抱いた。
「いいか、晴。ここは店の厨房だ。俺と二人で料理を作っている時を思い出せ。これからやるのは、あれと同じ料理だ」
強張っていた晴の肩から力が抜けていった。
「……うん、師匠と大好きな料理を作るんだよね」
「そうだ。二人で作る料理は、世界一美味い」
「うん、世界一美味い!」
タツキの言葉を繰り返して、晴が顔を上げた。
いつもの晴の笑顔だ。
「よし、いつもの通り、野菜を切ってくれるか。ゆっくりな」
「わかった」
晴が、転がったゴボウを手に取った。
ゆっくりと短冊切りにしていく。角を丁寧に落としていく。
いつもの厨房での晴に戻った。
(緊張より集中し始めたかな)
その姿に安心しながら、タツキは出汁を作り始めた。
〇●〇●〇
調理を初めて小一時間ほどが過ぎた。
「……そろそろ、肉と卵を入れるか」
ゴボウの味を見ながら、タツキは頷いた。
軽く蒸した野菜を煮込み、味が染み始めたタイミングで角煮と卵を一緒に煮込む。
「師匠、ガルガル猪」
厚切りにしたガルガル猪を野菜の隙間に沈めていく。
瞬間、タツキの左腕に刺すような痛みが走った。
「っ!」
体がよろけてぶつかり、鍋が揺れた。
「っと、あぶねぇ」
体でギリギリ抑える。
「師匠、どうしたの?」
晴が心配そうにタツキを覗き込んだ。
「ちょっと腕がな。大丈夫だ、回復薬を飲む。それより、晴。卵を煮汁に入れてくれ」
「僕が……?」
ごくりと晴が息を飲んだ。
出汁の味や煮込み時間、タイミングなど、大事な作業は全部、タツキがしていたから、緊張しているんだろう。
(けど、今は……手が動かねぇ)
左手の痛みのせいで、右手まで震えている。
この状態で無理をするのは危険だ。料理の全部を駄目にしかねない。
「このタイミングで入れねぇと、ちょうど良く味が沁みねぇ。晴がやってくれ」
晴が頷いて、卵をお玉で掬った。
煮汁の中に沈めていく。
「角煮が真ん中、卵は周囲を囲むようにな。野菜に沈めて、旨味を吸うようにしっかり出汁に浸すんだ」
晴が無言で頷く。
卵を一つ一つ、鍋の中に入れていく。その様子を、タツキは見守った。
ゆっくりと繰り返し、六個の卵を野菜の隙間に沈め、煮汁を掛けた。
「できた……!」
「よくやった。蓋をしろ」
晴が鍋に蓋をする。
「火加減を弱めの中火に合わせてくれ」
晴がコンロの火を調節する。
「これくらい?」
「もうちょっと弱く」
「こう?」
「少し弱すぎだな。もうちょっと強く……そこだ」
タツキの声に合わせて、晴が手を止めた。
「これであとは、様子を見ながら煮込むだけ……つっ!」
左腕にズキン、と痛みが走る。
「早く、回復薬を飲んで!」
「あぁ、今、取り出す……」
晴が自分のリュックから回復薬を出した。
封を切って、タツキに差し出した。
「なんで、晴が持っているんだ?」
「家にあった分、予備で持ってきたの。心配だったから」
晴が真剣な顔で、ずいと回復薬を出した。
「そっか……ありがとうな、晴」
回復薬を受け取って、一気に飲み干す。
左腕が仄かに光を帯びた。すぅと痛みが引いていった。
「はぁ、楽になった」
「良かったぁ」
息を吐いたタツキより安心しきりな声を、晴が出した。
「大事な工程、上手くできたな。さすが俺の弟子だ」
動くようになった手で晴の頭を撫でる。
耳がくりくりと動いて、ピンと立った。
「……うん!」
晴が嬉しそうに笑った。
(やっと良い笑顔になったな)
タツキの胸に安心感が湧き上がっていた。
煮卵より角煮より、晴が笑ったことのほうが安心だった。
タツキは目の前に準備された食材に目を向けた。
野菜から肉、麺から米まで種類豊富に揃っている。
「どうして食材があるの? 僕らは持ってきたよね?」
晴が不思議そうに首を傾げた。
「基本は持ち込みだが、足りなくなれば中央が揃えた食材を使えるんだ。一般的なもんしかないけどな」
タツキが食材ハントしたガルガル猪やカラスうずらのような珍しい高級食材は揃っていない。
「そうなんだね」
晴の目が食材の積まれた台を、じっと見詰めていた。
「準備するぞ、晴」
「はい、師匠!」
ピッと手を上げて、自分用の包丁や鍋をセッティングしていく。
隣から視線を感じて、タツキは目をやった。
隣の調理台で準備をしている青年と目が合った。
(まだ若い……二十歳くらいか? 知らねぇ男だな)
タツキと目が合うと、男が慌てた様子で目を逸らした。
違和感を持ちつつ、タツキは準備に集中した。
パン、と一つ、花火が鳴った。
豊穣祭料理大会の開始の合図だ。
参加者たちは、それぞれの調理台に整列した。
見届け人として参加している祭主の娘が立ち上がった。
(今年は長女の巫女様か。礼奈様、だったか)
現祭主はタツキが異世界召喚された時に御子だった男だから、あまり良いイメージがない。
その娘となると、タツキにとってはマイナスイメージだ。
中央を収める祭主の一族は、タツキを期待外れと罵った人間たちだ。その後、至高の一匙に選ばれてからは態度が一変した。
それ以降、待遇も良くなったが、タツキは祭主の一族が苦手だ。
「御宿石様に御饌を捧げる時が来た。中津公国を代表する料理師たちよ。存分に腕を振るい、自慢の御饌が至高の一匙となるよう励みなさい」
口上を述べると、礼奈が手を上げた。
「それでは、始め」
上げた手を礼奈が振り下ろす。
料理師たちが、一斉に動き出した。
「僕、野菜切ります!」
晴が自分の包丁でゴボウを切り始めた。
ゴボウがくるくる転がって、まな板から落ちた。
「あれ、あれれ」
洗った野菜を手に取ろうとして、つるりと滑る。
「うまく取れない。あれれ」
「晴、おーい、晴」
動きばかりが空回っているようだ。
仕方なく、タツキは晴の耳をむにっと摘まんだ。
「ひゃぁ! 師匠、何するの?」
耳を抑えて、晴が困ったように眉を下げる。
「ほら、おいで」
タツキは腕を広げてみせた。
抱き付きかけた晴が、動きを止めた。周囲をきょろきょろと見回す。
「僕、子供じゃないよ。他の人も見てるよ」
晴が、ぷぃっとそっぽを向いた。
どうやら人の目を気にしたらしい。
(いやいや、子供だろうがよ)
その証拠に、他の参加者がチラチラと晴の姿を眺めて、コソコソ話している。
「いいから、来いって」
晴の腕を引っ張って、胸に抱いた。
「いいか、晴。ここは店の厨房だ。俺と二人で料理を作っている時を思い出せ。これからやるのは、あれと同じ料理だ」
強張っていた晴の肩から力が抜けていった。
「……うん、師匠と大好きな料理を作るんだよね」
「そうだ。二人で作る料理は、世界一美味い」
「うん、世界一美味い!」
タツキの言葉を繰り返して、晴が顔を上げた。
いつもの晴の笑顔だ。
「よし、いつもの通り、野菜を切ってくれるか。ゆっくりな」
「わかった」
晴が、転がったゴボウを手に取った。
ゆっくりと短冊切りにしていく。角を丁寧に落としていく。
いつもの厨房での晴に戻った。
(緊張より集中し始めたかな)
その姿に安心しながら、タツキは出汁を作り始めた。
〇●〇●〇
調理を初めて小一時間ほどが過ぎた。
「……そろそろ、肉と卵を入れるか」
ゴボウの味を見ながら、タツキは頷いた。
軽く蒸した野菜を煮込み、味が染み始めたタイミングで角煮と卵を一緒に煮込む。
「師匠、ガルガル猪」
厚切りにしたガルガル猪を野菜の隙間に沈めていく。
瞬間、タツキの左腕に刺すような痛みが走った。
「っ!」
体がよろけてぶつかり、鍋が揺れた。
「っと、あぶねぇ」
体でギリギリ抑える。
「師匠、どうしたの?」
晴が心配そうにタツキを覗き込んだ。
「ちょっと腕がな。大丈夫だ、回復薬を飲む。それより、晴。卵を煮汁に入れてくれ」
「僕が……?」
ごくりと晴が息を飲んだ。
出汁の味や煮込み時間、タイミングなど、大事な作業は全部、タツキがしていたから、緊張しているんだろう。
(けど、今は……手が動かねぇ)
左手の痛みのせいで、右手まで震えている。
この状態で無理をするのは危険だ。料理の全部を駄目にしかねない。
「このタイミングで入れねぇと、ちょうど良く味が沁みねぇ。晴がやってくれ」
晴が頷いて、卵をお玉で掬った。
煮汁の中に沈めていく。
「角煮が真ん中、卵は周囲を囲むようにな。野菜に沈めて、旨味を吸うようにしっかり出汁に浸すんだ」
晴が無言で頷く。
卵を一つ一つ、鍋の中に入れていく。その様子を、タツキは見守った。
ゆっくりと繰り返し、六個の卵を野菜の隙間に沈め、煮汁を掛けた。
「できた……!」
「よくやった。蓋をしろ」
晴が鍋に蓋をする。
「火加減を弱めの中火に合わせてくれ」
晴がコンロの火を調節する。
「これくらい?」
「もうちょっと弱く」
「こう?」
「少し弱すぎだな。もうちょっと強く……そこだ」
タツキの声に合わせて、晴が手を止めた。
「これであとは、様子を見ながら煮込むだけ……つっ!」
左腕にズキン、と痛みが走る。
「早く、回復薬を飲んで!」
「あぁ、今、取り出す……」
晴が自分のリュックから回復薬を出した。
封を切って、タツキに差し出した。
「なんで、晴が持っているんだ?」
「家にあった分、予備で持ってきたの。心配だったから」
晴が真剣な顔で、ずいと回復薬を出した。
「そっか……ありがとうな、晴」
回復薬を受け取って、一気に飲み干す。
左腕が仄かに光を帯びた。すぅと痛みが引いていった。
「はぁ、楽になった」
「良かったぁ」
息を吐いたタツキより安心しきりな声を、晴が出した。
「大事な工程、上手くできたな。さすが俺の弟子だ」
動くようになった手で晴の頭を撫でる。
耳がくりくりと動いて、ピンと立った。
「……うん!」
晴が嬉しそうに笑った。
(やっと良い笑顔になったな)
タツキの胸に安心感が湧き上がっていた。
煮卵より角煮より、晴が笑ったことのほうが安心だった。



