至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 ついに料理大会の日が来た。
 料理大会は春待国と秋長国の間、東の森にある御宿石の祠の前で行われる。
 春待国、夏盛国、秋長国、冬塞国。四国共通で行われた事前の料理審査を通過した五組と、前回の優勝者であるタツキの六組で競う。
 中津公国の神・御宿石に選ばれる料理を作った者が、今回の『至高の一匙』となる。

 タツキと晴は、前日の内に近場の宿に泊まった。
 今日は森の中を徒歩で移動している。

「東の森は、何もないから全部持っていかないといけないんだよなぁ」

 タツキは異世界からの召喚者で空間ボックスが使える分、楽だ。
 召喚者以外で空間ボックスの能力がない料理人はもっと大変だ。

「師匠は料理師なのに空間ボックス使えるの、凄いね。魔法も剣も使えるって、格好良いね」

 晴が嬉しそうにタツキを褒めた。
 タツキは微妙な気持ちで頬を掻いた。

「格好良くねぇよ。もっと強い奴はいるからな」

 本物の勇者である蓮也を見ているから、魔獣を狩ったくらいで強いなんて口が裂けても言えない。

「師匠は強いもん。僕の英雄なんだから」

 晴が、ぷっくりと頬を膨らませた。
 意固地になっている時の顔だ。

「それはさ、食材狩りしてただけで……」
「大きなガルガル猪もカラスうずらも倒したもん。強いの!」

 どうやら晴の中のタツキは強いらしい。
 晴にしてみれば命の恩人なのだから、当然だ。

(子供の夢を壊したくはねぇが。夢から醒めた時を考えると切ないな……主に俺が)

 そうは思っても、今は晴の英雄でいてやりたい。

「そっか、ありがとな」

 いかにも大人な、無難な返しをしておいた。

「うん!」

 笑顔に戻った晴を眺めて、ほっと息を吐いた。
 そんな話をしながら歩いているうちに、祠に着いた。

「今年も盛況だねぇ」

 祠の周囲は木々が開けた広間のようになっている。
 その広い場所に六個のキッチンが設置されていた。
 他の料理師たちは、既に到着して準備を始めているようだ。

「皆、早いねぇ」
「タツキ!」

 聞き慣れた声が飛んできて、タツキは振り返った。
 引き攣った顔をした蓮也が駆け寄ってきた。

「よぉ、蓮也。今回も近衛兵が護衛か?」

 豊穣祭の料理大会には毎回、国王の子息や子女が参加する。
 中津公国の国王は祭主と呼ばれる。祭祀を重んじる国だからこその呼び名だ。
 料理大会もまた、御宿石様の食事という神事的な意味合いが強い。故に、祭主の家柄が参加するのだ。
 だから、祭主を守る近衛兵が周囲の警備を固めている。

「そうだが、それどころじゃない」

 青い顔をしている蓮也に、タツキも顔色を変えた。

「何かあったのか?」
「何かじゃないだろ。怪我をしたと聞いたぞ。大丈夫なのか?」

 蓮也の目がタツキの左腕を見詰める。

「ん? あぁ……指はまだ痺れているけど、動かせるくらいにはなったんだ」

 微妙に曲げ伸ばしはできるが、まだ物を掴める握力はない。

「そんな状態で、どうするんだ」

 蓮也が心配そうに顔を顰めた。

「問題ないぜ。今日は二人で参加だ」

 タツキは晴の肩を抱いた。

「は、初めまして。タツキ師匠の弟子の、晴です」

 緊張の面持ちで晴がぺこりと頭を下げた。

「君が噂の弟子……晴くんか。初めまして」

 蓮也が屈んで晴と握手した。

「俺は虹村蓮也だ。この国で勇者をしている。タツキと同じ召喚者だ。よろしくね」
「勇者様……」

 晴が尊敬の眼差しを向けている。
 勇者と言えば国民の憧れだ。当然の反応だろう。

「タツキとは二十年来の親友だ。お店にもよく行くんだよ」
「お店でお見かけしたこと、あります。師匠の親友なんですね。知らなかった」

 晴が驚いた顔をしている。
 そういえば、紹介したことはなかったかもしれない。

「腐れ縁てやつだなぁ。蓮也には世話になっているよ」

 タツキは苦笑した。

「タツキ、いいか?」

 蓮也がタツキを引っ張った。

「ん? なんだよ」
「まさか、あの子に手伝わせるつもりか?」
「手伝いというか、二人で作るんだよ」

 蓮也が目を見開いた。

「正気か? あんな幼い子供と?」
「子供だからって馬鹿にすんなよ。晴は店でも何種類か料理を作っているんだぜ。お前も食っているよ」

 慌てる蓮也に向かって、タツキはニタリと笑んだ。

「リズから聞いて知っている。百歩譲って店はいい。料理大会は半分以上が神事だ。遊びじゃない。間違いましたは通らない」

 蓮也が顔を引き攣らせている。

「そんなことは、わかってる。大会に年齢制限、ないだろ。晴は立派な料理師だぜ」

 タツキは蓮也を見詰めた。

(蓮也が心配してくれてんのは、わかる。俺だって、蓮也の立場だったら親友を心配する)

 だからこそ、わかってほしい。
 晴の実力を伝えたい。

「……本気なんだな」
「勿論だ」
 
 蓮也が息を吐いた。

「わかった。ならばもう、何も言うまい」

 蓮也がタツキに向かい、拳を出した。

「今回も期待している。頑張れ」
「任せろ」

 タツキはしっかり頷いて、蓮也と拳を合わせた。
 蓮也が晴を振り返り、その肩を叩いた。

「タツキと一緒に頑張ってね、晴くん」
「はい! 頑張ります!」

 肩を思いっきり緊張させて、晴が返事した。
 上がり切った肩を、蓮也が撫でた。

「緊張しないで。タツキと一緒なら、大丈夫だよ」
「はい……」

 晴の肩が、するりと下がった。

(子供にもちゃんと気遣いしてくれるってのは、格好良いな)

 実力も然ることながら、性格も勇者様だ。
 タツキは晴の肩に手を乗せた。

「さぁ、俺たちも準備しようかね」
「はい、師匠!」

 晴が拳を握って気合を入れた。
 その姿を、ほっこりした気持ちでタツキは眺めた。