【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

去り際、信子さんが車内の私へ、優しく声をかけてくれた。
まるで、今日のことを『終わり』にしない、と宣言するみたいに。

「……いいのですか……?私のせいで、あんな目に遭わせてしまったのに……」
「もちろんです。お嬢様の笑顔を見るのが、今の私の楽しみなのですから」
「……その時は、俺が直接迎えの車を出そう。二度とあのような不備は起こさせない」
「ご配慮ありがとうございます、殿下」

胸の奥が、じん、と熱くなる。
情けないほど、救われてしまう。

走り出した車の中で、私は信子さんの姿が夜の闇に溶けて見えなくなるまで、ずっと後ろを振り返り続けていた。

隣に座っている暁臣様は言葉を発することなく、視線は窓の外に向けられたまま。
私の手をぎゅっと握り締めてくれてはいる。
けれど、その沈黙が——かえって私の不安を煽った。

嫌われてしまったのなら、きっとこんな風に手を握ってはくださらない。
そう自分に言い聞かせても、どうしても最悪の結末を想像してしまう。

私の我が儘が、暁臣様を失望させてしまったのではないか。
私を迎えに来てくださった時に、素直に帰っていれば。
あの時の自分の意地が、今になって喉元を締め付ける。

やがて、見慣れたお邸の前に車が止まる。
ここでもやはり言葉はない。
ただ無言で私の手を取り、車から降ろしてくれるだけ。

千鶴様のお邸とはまったく違う、洋風の重厚な邸。
床は畳でも板の間でもない。
廊下に続く幾何学的な模様を眺めていると、不思議と呼吸が整っていくのが分かった。

——帰ってきた。
戻っていい場所が、ここにある。

手を引かれながら暁臣様の背中を追い、自室の近くまで辿り着いたその時。
繋がれていた手が、ふっと離れた。

「……疲れたろう。今日は湯に浸かって、ゆっくり休むといい」