【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

千鶴様が学校へ向かわれる前に、今日——お邸へ戻る旨を、きちんとお伝えしなくては。

戻れば、夜には……暁臣様にお会いできる。

迎えに来てくださった彼の手を、振り払うように断ってから、もう何日も。
彼の声を聞いていない。
暁臣様に触れていない。

数日ぶりにお姿を拝見できること。
夜には、またあのお邸で、同じ時間を過ごせるかもしれないこと。
胸の奥で小さな灯が揺れ、私は早朝の長い廊下を、心持ち早足で進んでいた。

この角を曲がれば、千鶴様のお部屋が——。

「……すみれお嬢様、お待ちを。様子が……おかしいです……」
「え……?」

不意に、信子さんの手が私の腕を強く掴む。
その力に、思わず息が詰まって足が止まった。

信子さんの視線の先——千鶴様のお部屋から、誰かと話されている声が漏れ聞こえてくる。
障子一枚隔てただけなのに、そこから流れ出る気配が、ひどく冷たい。

信子さんは私よりも鋭く、険しい顔をされていた。
まるで『聞いてはいけないもの』を聞いた時の顔だ。

「もうっ。暁お兄様は、本当になんにもわかってらっしゃらない」
「どう考えても、暁お兄様に相応しいのは千鶴ですのに。血筋も、力も、これまでの時間も」
「お会いしても、お兄様ったら、ずっとすみれ様のお話ばかりなさるのですもの」

……私の話……?

やっぱり、千鶴様は暁臣様のことをお好きなのだろうとは思っていた。
それなのに、婚約者である私に手本を見せ、所作を教えてくださるなんて……。
きっと、千鶴様も心中穏やかではないはず。
そう思いやろうとした私の甘い考えは、次の言葉で無残に打ち砕かれた。

「でも、そうですわね!すみれ様には、ずっとここにいていただきましょう。
お互いに顔を合わせなければ、暁お兄様の熱もそのうち冷めて、諦めもつきますわ」

ずっとここに……?私が?
諦める……?暁臣様が、私を……?

……何を、仰っているのだろう。