【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

執事の報告に、一度だけ大きく溜息を吐き捨て、客間へと向かった。

今日も来たか。
『すみれの様子で気になることがある』
そう言って、一日と空けずに訪ねてくる。
信子殿の報告以外に何があるのかと思えば、実際に千鶴の口から語られるのは、報告書以下の、取るに足らない内容ばかり。

どうやら自宅での個人授業に、すみれを立ち会わせているらしいが。
信子殿の文面を読み解けば、千鶴が一方的に『完璧』な所作を見せつけ、すみれを萎縮させている光景が容易に想像できる。

千鶴の態度に、純粋な親切心から模範を語る気配はない。
人を疑うことを知らない、あまりにも無垢な今のすみれにとって、その『完璧』と言う名の圧力は、いたずらに心をすり減らしているのではないか。

——早く、取り戻したい。
俺の目の届く場所へ。

「今日はどういった用件だ、千鶴。手短に頼む」
「暁お兄様。そんなことより、まずはお食事にしません?」

そんなこと、か。
俺にとっては、すみれに関すること以外、この邸に招き入れる価値も、時間を割く意味もないと言うのに。
だが、すみれがあちらの邸で世話になっている以上、無碍にもできない。

「暁お兄様は、どういったお着物がお好きですの?」
「今度、流行りのカフェに連れて行ってくださいまし」
「暁お兄様の学友の方々にも、ぜひお会いしてみたいですわ」
「本当にこのお邸はステキ……千鶴、帰りたくなくなってしまいます」

供された食事を前に、千鶴の口からは実のない会話ばかりが零れ落ちる。
器の上の香りも、舌に触れる温度も、どこか遠い。

すみれなら、こんな風にねだるような真似は決して口にしない。
……いや、ねだれるだけの『許し』を、彼女はまだ知らないのだ。

一見すると意思がなく、言いなりのようにも見えるすみれの態度は、時に俺を不安にさせることもある。
だが、本質はまったく違う。
思慮が深すぎるがゆえに、言葉を飲み込み、胸の奥底に沈めているだけだ。

いつか彼女が、『ここなら吐き出してもよい』と信じてくれた時。
一体どんな美しい、あるいは切ない言葉を紡ぐのか。

——その声を、この耳で聞きたい。
その瞬間に触れられるのが俺だけだと、彼女にも思い出させたい。

想像するだけで、乾いた心が潤うのを感じる。