少しだけ安堵した彼女の表情に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
俺と離れることを喜んでいるわけではない。
自分の未熟な願いを、俺が聞き入れたことに安堵しているのだ。
それは分かっている。分かってはいるのだが。
「だが、明日また人を寄こす。困ったことがあれば、すぐに知らせろ」
「はい」
「夜は冷える。温かくして寝るんだぞ」
「はい」
「食事も、無理をするな」
「はい……暁臣様も、ちゃんと召し上がってください」
「……」
その一言が、静かに刺さった。
こちらを気遣う余裕など、まだ持てるはずがないのに。
それでもすみれは、俺を見上げてそう言った。
「あと……」
「……ふふっ、暁臣様。……心配しすぎです」
……その通りだ。俺は何を言っている。
これではまるで、過保護な親か、それ以上の何かだ。
すみれの中で俺が、頼れる婚約者ではなく、ただの心配性な保護者に見えているのかもしれない。
その想像が、胸の奥の熱を冷ます。
これ以上ここに留まれば、本当に連れて帰ってしまいそうだった。
「すみれ。……抱きしめても、構わないか?」
「え……?あ……あの……」
彼女はちらりと後ろの襖が閉まっていることを確認し、頬をほのかに赤く染めながら、小さく頷いた。
その仕草だけで、理性が揺らぐ。
壊さないように。
けれど二度と離さないと言う想いを込めて、強くその細い身体を抱きしめた。
「すみれ。決して、無理はするな」
「はい」
「……帰りたくなった時は。必ず知らせろ」
「はい……」
後ろ髪を引かれる思いで玄関へ向かい、逃げるように車に乗り込む。
「暁臣様。お気をつけて」
「……ああ。また、来る」
動き出す車。
バックミラーに映る、遠ざかっていくすみれの見送り。
その姿が視界から消えるまで、瞬きさえ忘れて、鏡の中の小さな残像を見つめ続けた。
すみれと出会ったあの日から、邸に彼女がいない夜など、一度としてなかった。
たった、それだけのことだ。
それだけのはずなのに、邸へ戻る意味が、もはや俺には分からなくなっていた。
住み慣れていたはずの邸が、今はただの、冷たく無機質な箱にしか思えなかった。
俺と離れることを喜んでいるわけではない。
自分の未熟な願いを、俺が聞き入れたことに安堵しているのだ。
それは分かっている。分かってはいるのだが。
「だが、明日また人を寄こす。困ったことがあれば、すぐに知らせろ」
「はい」
「夜は冷える。温かくして寝るんだぞ」
「はい」
「食事も、無理をするな」
「はい……暁臣様も、ちゃんと召し上がってください」
「……」
その一言が、静かに刺さった。
こちらを気遣う余裕など、まだ持てるはずがないのに。
それでもすみれは、俺を見上げてそう言った。
「あと……」
「……ふふっ、暁臣様。……心配しすぎです」
……その通りだ。俺は何を言っている。
これではまるで、過保護な親か、それ以上の何かだ。
すみれの中で俺が、頼れる婚約者ではなく、ただの心配性な保護者に見えているのかもしれない。
その想像が、胸の奥の熱を冷ます。
これ以上ここに留まれば、本当に連れて帰ってしまいそうだった。
「すみれ。……抱きしめても、構わないか?」
「え……?あ……あの……」
彼女はちらりと後ろの襖が閉まっていることを確認し、頬をほのかに赤く染めながら、小さく頷いた。
その仕草だけで、理性が揺らぐ。
壊さないように。
けれど二度と離さないと言う想いを込めて、強くその細い身体を抱きしめた。
「すみれ。決して、無理はするな」
「はい」
「……帰りたくなった時は。必ず知らせろ」
「はい……」
後ろ髪を引かれる思いで玄関へ向かい、逃げるように車に乗り込む。
「暁臣様。お気をつけて」
「……ああ。また、来る」
動き出す車。
バックミラーに映る、遠ざかっていくすみれの見送り。
その姿が視界から消えるまで、瞬きさえ忘れて、鏡の中の小さな残像を見つめ続けた。
すみれと出会ったあの日から、邸に彼女がいない夜など、一度としてなかった。
たった、それだけのことだ。
それだけのはずなのに、邸へ戻る意味が、もはや俺には分からなくなっていた。
住み慣れていたはずの邸が、今はただの、冷たく無機質な箱にしか思えなかった。



