名前を呼ばれた瞬間、弾かれたように立ち上がっていた。
すみれに歩み寄り、その白く、少し冷えた頬を手で包み込む。
無事な姿に安堵すると同時に、やはり一秒でも早く連れ帰りたくて仕方がなくなる。
「心配した。……なぜ、何も言わずに出ていった」
「勝手な真似をして、申し訳ありません……」
「信子殿も心配している。車を待たせてある。共に帰ろう」
「……いいえ!私……まだ、帰りたくありません」
すみれが、俺を拒んだ。
その一言で、胸の奥がずしりと沈んだ。
まるで俺の足元の床だけが、一寸抜け落ちたみたいに。
すみれの声は小さいのに、耳の奥で反響して、息の仕方を忘れる。
「……帰りたくない、だと?」
「あの……千鶴様に、私がお願いしたのです。お手本を見せてほしい、と……だから……」
「手本?千鶴をか?」
「千鶴様のように、なりたくて……今のままでは、私はあまりにも暁臣様に相応しくなくて……」
千鶴のように。
すみれが、そんなことを願っているのか。
俺にとっては、今のままの、少しずつ言葉を紡ぎ、俺を見上げてくれるすみれこそが唯一無二だと言うのに。
自らの意思を表明できるようになったのは喜ばしい成長だ。
だが、その矛先が——俺の胸を抉る。
「わがままを言って申し訳ありません……でも……」
「……本気か。自らの意思で、ここに残りたいと?」
「……はい」
眉を下げ、視線を足元に落としながらも、その返事には確かな拒絶の意志が混じっていた。
これほどまでに必死な瞳で見つめられて、どうして強引に連れ帰ることができようか。
逡巡する。
連れ帰る方法はいくらでもある。地位も権限も、俺にはある。
だが、すみれなりに俺の隣に立つ資格を得ようと、そんな思いでここに留まろうとしている。
それを認めてやることが、今のすみれに必要なことでもある。
「……わかった。無理にとは言わん」
「ありがとうございます。……暁臣様」
すみれに歩み寄り、その白く、少し冷えた頬を手で包み込む。
無事な姿に安堵すると同時に、やはり一秒でも早く連れ帰りたくて仕方がなくなる。
「心配した。……なぜ、何も言わずに出ていった」
「勝手な真似をして、申し訳ありません……」
「信子殿も心配している。車を待たせてある。共に帰ろう」
「……いいえ!私……まだ、帰りたくありません」
すみれが、俺を拒んだ。
その一言で、胸の奥がずしりと沈んだ。
まるで俺の足元の床だけが、一寸抜け落ちたみたいに。
すみれの声は小さいのに、耳の奥で反響して、息の仕方を忘れる。
「……帰りたくない、だと?」
「あの……千鶴様に、私がお願いしたのです。お手本を見せてほしい、と……だから……」
「手本?千鶴をか?」
「千鶴様のように、なりたくて……今のままでは、私はあまりにも暁臣様に相応しくなくて……」
千鶴のように。
すみれが、そんなことを願っているのか。
俺にとっては、今のままの、少しずつ言葉を紡ぎ、俺を見上げてくれるすみれこそが唯一無二だと言うのに。
自らの意思を表明できるようになったのは喜ばしい成長だ。
だが、その矛先が——俺の胸を抉る。
「わがままを言って申し訳ありません……でも……」
「……本気か。自らの意思で、ここに残りたいと?」
「……はい」
眉を下げ、視線を足元に落としながらも、その返事には確かな拒絶の意志が混じっていた。
これほどまでに必死な瞳で見つめられて、どうして強引に連れ帰ることができようか。
逡巡する。
連れ帰る方法はいくらでもある。地位も権限も、俺にはある。
だが、すみれなりに俺の隣に立つ資格を得ようと、そんな思いでここに留まろうとしている。
それを認めてやることが、今のすみれに必要なことでもある。
「……わかった。無理にとは言わん」
「ありがとうございます。……暁臣様」



