【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

すみれの手をしっかり握り、玄関へ向かって足早に歩き出す。
握り返してくる力が、驚くほど弱い。
やはり無理をさせてしまった。
俺の慢心が、彼女をこの場に晒した。

自責に胸を噛まれていると、背後から高い足音が追ってくる。

「暁お兄様!!」
「……千鶴、なんだ」
「もうお帰りですの?せっかくお部屋も用意いたしましたのに。今晩は泊まっていってくださらないの?」

僅かばかり、すみれが息を呑む音が聞こえた。
千鶴の『泊まる』と言う言葉は、社交の誘いの形をしていて、実質は既定路線の確認だ。
ここで曖昧にすれば、すみれはまた『自分が邪魔だから』と受け取る。

「そうだな。今晩は早く戻り、すみれと二人きりで過ごさせてもらう」
「……そうですか。……すみれ様。また、ぜひいらしてくださいね」

千鶴は一瞬だけ、瞬きの後、目を大きく見開いた。
だが、すぐに完璧な社交用の微笑みを取り戻し、優雅に頭を下げる。
その背後で、周囲の視線がひそやかに動くのが分かった。
——構わない。今はすみれが優先だ。

邸を出て、冷えた夜気に触れた瞬間、すみれが小さく息をついた。
月明かりが彼女の横顔を淡く縁取り、長い睫毛が揺れる。

「……疲れたか?」
「少し、だけ……」

その弱々しい言葉に、一刻も早く住み慣れた自宅で休ませてやりたい気持ちが膨らむ。
だが、今の彼女に塗り潰された負の記憶を、このまま寝所へ持ち帰らせたくはなかった。
『怖かった』だけを残して終わらせたくない。

「……大丈夫なら、寄り道をしようか。すみれが息をつける場所へ」