社交上の義務感に、仕方なくすみれから距離を置く。
本当は、離れたくない。
だが、千鶴が連れてきた相手は、無視できぬ家筋の人間だった。
俺はすみれの手の甲に軽く触れ、『ここに』と目で示してから千鶴の方へ向かう。
ほんの数十秒、短い時間のつもりだった。
千鶴の言葉は、聞き飽きた社交辞令の延長に過ぎない。
相手の笑い、乾杯、次の紹介——その一つ一つが、やけに遅く感じた。
背後の気配が妙に気にかかり、話の途中で視線を戻す。
そこには、すみれの前に立ち塞がるように一人の男がいた。
若い男だ。
仕立てのよい燕尾、手入れの行き届いた髪、柔らかい笑み。
物腰だけ見れば穏当だが、距離が近い。
一歩踏み込めば、すみれの呼吸を奪えるほどの近さだ。
男の瞳に宿る、すみれに対する剥き出しの興味。
悪意ではない。珍品を眺める興味だ。
だからこそ、俺の胸の奥はどす黒い独占欲でざわついた。
すみれは教わった通りに微笑んで応じている。
だが、その細い指先はグラスを握り締めたまま強張り、口をつける余裕すらない。
笑みの端が震え、肩が僅かに上がる。
——助けを求める癖がない。耐えることしか知らない。藤波の報告が脳裏を刺す。
「————失礼ですが、少しお話を」
「——はい……」
聞こえたのは、それだけだった。
気づけば、目の前で千鶴が話している内容は何一つ耳に入らなくなっていた。
俺は強引に会話を切り上げ、すみれの元へ戻る。
一瞬で場の空気が凍てつくように変わった。
俺の立ち位置と視線だけで、男は理解したのだろう。
あからさまに狼狽した顔は見せず、だが呼吸だけが乱れた。
男は丁重に一礼し、逃げるように身を引いていく。
「……すみれ。一人にしてすまなかった」
「いいえ。大丈夫です、暁臣様……」
健気に応えるその声は、今にも消え入りそうに細い。
『大丈夫』の内側に、どれほどの恐怖を隠しているか。
もう、これ以上この場に留まる理由などなかった。
「少し早いが、失礼しようか」
本当は、離れたくない。
だが、千鶴が連れてきた相手は、無視できぬ家筋の人間だった。
俺はすみれの手の甲に軽く触れ、『ここに』と目で示してから千鶴の方へ向かう。
ほんの数十秒、短い時間のつもりだった。
千鶴の言葉は、聞き飽きた社交辞令の延長に過ぎない。
相手の笑い、乾杯、次の紹介——その一つ一つが、やけに遅く感じた。
背後の気配が妙に気にかかり、話の途中で視線を戻す。
そこには、すみれの前に立ち塞がるように一人の男がいた。
若い男だ。
仕立てのよい燕尾、手入れの行き届いた髪、柔らかい笑み。
物腰だけ見れば穏当だが、距離が近い。
一歩踏み込めば、すみれの呼吸を奪えるほどの近さだ。
男の瞳に宿る、すみれに対する剥き出しの興味。
悪意ではない。珍品を眺める興味だ。
だからこそ、俺の胸の奥はどす黒い独占欲でざわついた。
すみれは教わった通りに微笑んで応じている。
だが、その細い指先はグラスを握り締めたまま強張り、口をつける余裕すらない。
笑みの端が震え、肩が僅かに上がる。
——助けを求める癖がない。耐えることしか知らない。藤波の報告が脳裏を刺す。
「————失礼ですが、少しお話を」
「——はい……」
聞こえたのは、それだけだった。
気づけば、目の前で千鶴が話している内容は何一つ耳に入らなくなっていた。
俺は強引に会話を切り上げ、すみれの元へ戻る。
一瞬で場の空気が凍てつくように変わった。
俺の立ち位置と視線だけで、男は理解したのだろう。
あからさまに狼狽した顔は見せず、だが呼吸だけが乱れた。
男は丁重に一礼し、逃げるように身を引いていく。
「……すみれ。一人にしてすまなかった」
「いいえ。大丈夫です、暁臣様……」
健気に応えるその声は、今にも消え入りそうに細い。
『大丈夫』の内側に、どれほどの恐怖を隠しているか。
もう、これ以上この場に留まる理由などなかった。
「少し早いが、失礼しようか」



