【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

「……そう、なんです、ね」

カップを口元へ運び、そっと一口含む。
柔らかな甘みが広がり、喉を滑り落ちていく。
鼻に抜ける香りは華やかで、砂糖を入れなくても十分に甘い。
なのに、舌が感じる味より先に、胸の冷たさが勝ってしまう。
美味しい。確かに美味しいはずなのに、心は氷を飲み込んだみたいに冷えたままだった。

「すみれは、こうした場にはまだ慣れていない。あまり気を使わせるな」

暁臣様が、私を庇うように静かに言葉を挟む。
その声は穏やかで、当たり前のように私を守ってくれる。

「まあ……。では緊張なさっているのね。無理もありませんわ。このような場所は初めてでしょうから」

千鶴様は美しく微笑む。
その指には、控えめな金の指輪が光り、爪先まで磨き上げられた気品が滲む。
気遣いの言葉なのに、その裏に——『初めて』『不慣れ』と言う刃が隠れている気がして、息が詰まった。
私は自分の手元を見ないようにした。指先の皸は消えたけれど、私はまだ『綺麗なものの持ち方』を知らない。

無理に笑顔を作りながら、隣の暁臣様の横顔を盗み見る。
落ち着いた眼差し。涼しげな佇まい。
この息の詰まるほど洗練された空間を、彼は自分の一部みたいに受け止めている。

——やはり、違う。根本から、違うのだ。

ここは、私が生まれ育ったような世界ではない。
暁臣様の隣と言う、夢にまで見た特等席に座っていながら、私は透明な壁の向こうから彼を眺めているだけのような孤独に囚われた。

それでも——。

卓の下、膝の上に置いた私の手に、暁臣様の指先がそっと重なる。
わずかに触れるだけ。
けれど、その一線が、私とこの場の間に立ちはだかる氷の壁をほんの少し溶かす。
指先が二度、軽く撫でられる。

……大丈夫。
私はまだ、立っていられる。

小さく息を吸い、反対の手でカップを持ち、もう一度紅茶を口にする。
カップを持ち上げる手首の角度、肘の開き、カップを戻す時の音——全部、昨日まで練習した通り。
うまくできているかなんて分からない。でも、少なくとも『逃げない』と決めた。

この茶会と言う名の華やかな舞台が、『無華』と言う私の価値を冷酷に試す場であることを痛いほど感じながらも——
せめてこの手の温度だけは、離したくないと思った。