【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

え……?

その高い声が耳に届いた瞬間、暁臣様がわずかに身体のバランスを崩し、私の左腕を支えていた手がふっと解けてしまった。

ただそれだけのこと。
なのに、私の足元は一気にぐらりと傾いたような錯覚に陥り、心細さが波のように押し寄せてくる。

——いま、支えがなくなった。
たった指一本分の距離でも、暁臣様の温度が離れると、世界が急に広く、冷たくなる。

「千鶴!?」
「もうっ!暁お兄様、ちっともいらしてくださらないんですもの!先日の園遊会でも、結局お会いできずじまいでしたわ」

声の主は、暁臣様の右腕に親密に抱きつくようにしてしがみついていた。

——暁臣様に、触れている。

私しか触れることのできない、と聞いていた。
けれど、厚い布越しであれば、彼に触れ、その温もりを享受できる人は他にいくらでもいるのだ。
その当たり前の事実が、胸をぎゅっと締め付けた。

私の腕に残った空白が、妙に冷たい。

私より少しだけ年下に見えるその少女は、非の打ち所がないほどに輝いていた。
艶やかな漆黒の髪は一点の乱れもなく結い上げられ、それなのに耳元や襟足にだけ残された遊び毛が、抜けるように白い首筋をいっそう際立たせている。

髪飾りは一見控えめだが、近づくほどにその価値が知れる。
金糸の極細な細工、真珠の淡く気品ある照り。
どれもが『高価です』と主張しないのに、隠しようのない育ちの良さを語っていた。

華やかなお顔立ちは、頬に淡い薄紅を差し、その唇は露を含んだ花びらのよう。
呼吸一つ、瞬き一つさえ整えられているように見えて、私は息の仕方すら忘れそうになる。

お召しになっている着物も帯も、驚くほど彼女の存在に馴染んでいた。
と言うより、着物の方がこの方に選ばれるために生まれてきたのではないか、と思わされるほどの調和。
袖を揺らす僅かな動き一つで、極上の絹が音もなく追従する。

その足運びも、佇む姿も、すべての所作がすでに『正解』として完成されていた。

何もかもが——ただ用意してもらい、慣れない布に身を包まされているだけの私とは、あまりにも正反対だった。