【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

お邸を出るのは、これでようやく四回目。
窓の外には鮮やかな若葉が揺れる並木道が続き、流れる景色は春の柔らかさを脱ぎ捨て、夏へと力強く移り変わろうとしていた。

初めて訪れる他家のお邸。
恐ろしくて足が震えるのに、私の狭かった世界がまた少し、外側へ広がっていく音がする。

やがて大きな石造りの門をくぐった瞬間、肌を刺す空気が一変した。
車から降り立った途端、目の前の光景に圧倒され、息が止まる。

車寄せには既に数名の使用人が控えていて、こちらの到着を一分の狂いもなく待っていた。
彼らの一礼は深く、完璧で——それだけで『歓迎』ではなく『査定』のようなものを感じてしまう。

……見られる。今日の私は、婚約者として。
唇が乾き、舌の置き場さえ分からなくなる。
それでも、目を逸らし、ここで逃げたら、またあの蔵に戻ってしまう気がした。

高く反った重厚な瓦屋根。
人の胴ほどもある太い柱で組まれた門。
飾り気は一切ない。ただ、そこに在るだけで人を屈服させる圧が立ち込めている。

門扉の向こうに広がるのは、洋風の装飾がひとかけらもない、純日本家屋。
玉砂利の敷き詰められた長いアプローチを一歩踏みしめるたび、控えめな音が静寂に規則正しく響く。
左右には一分の乱れもなく手入れの行き届いた庭園が広がり、松や槙が幾重にも重なって、歴史の重みを黙って示していた。

その沈黙が、余計に怖い。
朝霞の家の沈黙は、私を閉じ込めるためのものだった。
けれどここは違う。ここでは沈黙が『当たり前』で、『格』で、そして逆らえない規律なのだと突きつけられる。

「……っ」

思わず息を呑む。
広い。
とにかく、広すぎる。

これまで私が暮らしてきた朝霞の家とも、暁臣様のお邸とも、明らかに格が違う。
左右にいくつもの棟が連なり、それらが迷路のような渡り廊下で複雑に繋がれているのが見える。
母屋の大きさだけでも、一体何間あるのか——想像すらつかない。