『新年の祝賀会用でございますから、少し格を上げたお誂えになります』
花菱屋の主人がおっしゃっていた言葉が蘇る。
美しいものは、ただ美しいだけではない。
そこには、相応しい者に纏われるための『格』があるのだ、と——そう告げられた気がした。
けれど、私のような者が袖を通すことで、この着物の格を落としてしまわないか。
そんな思考が頭をかすめる。胸が、きゅっと縮む。
……でも、今の私には立ち止まることは許されない。今日を乗り越えなければ、明日も来ない。
反物の状態でも息を呑むほど美しかったが、仕立て上がったそれはさらに見事だった。
白に近い生成り色の地に、縁起のよい松や梅の絵柄が、流れるような曲線を描いて咲き誇っている。
帯や小物が女中さんの熟練した手で、一つ、また一つと結ばれていくたび、私は『祝賀会へ行く私』に近づいていく。
徐々に明るくなっていく日の光を吸い込み、真珠のような光沢を放つ絹の布地が、鏡の中で淡く揺れた。
細密な装飾が施された帯締め。
祝賀会の作法や注意点の説明を受けながら、髪は高く結い上げられ、華やかな髪飾りが添えられる。
一つ一つが、私の居場所を『ここ』に縫い留める針みたいだった。
そして最後の仕上げとして——暁臣様が以前、買ってくださったあの真珠のアクセサリーを身に纏う。
指先で触れると、ひんやりしていて、それが妙に心強かった。
あの日、私に差し出された『これから』が、形になってここにある。
「お綺麗です、すみれ様」
「本当に。とてもお似合いです」
女中さんと信子さんの惜しみない称賛に、頬が林檎のように熱くなるのが自分でも分かった。
振袖に袖を通すのは、これで三度目になるだろうか。
贅を尽くし、丹念に装い整えられた自分。……それでも、どこか現実味が薄い。
けれど何度鏡を覗き込んでも、右目だけ色が違う『無華』の瞳だけが、美しさの中に混じった異物のように映ってしまう。
視線を逸らしたくなる。隠したくなる。——それが、私だ。
……それでも。
園遊会の時よりは、ほんの少しだけ、鏡の中の自分を『これが私なのだ』と正面から受け止められた気がした。
私が選び、私のために仕立てられた着物。
この姿を初めて目にする暁臣様は、一体何を思い、どんな言葉をかけてくださるのだろう。
怖いような、けれど一刻も早く見てほしいような——。
不思議な昂揚感と期待を胸の奥に抱えたまま、私は玄関へと歩き出した。
玄関ホールに辿り着くと、そこには正装の制服に身を包み、白い手袋を整えている暁臣様の姿があった。
胸元の装飾や肩章が朝日に反射して、眩いばかりの輝きを放っている。
背筋の一本まで迷いがなく、その立ち姿はまるで名画から抜け出してきたかのよう。
こんなにも高潔で美しい方の隣に、私が立つなど……本当に許されるのだろうか。
花菱屋の主人がおっしゃっていた言葉が蘇る。
美しいものは、ただ美しいだけではない。
そこには、相応しい者に纏われるための『格』があるのだ、と——そう告げられた気がした。
けれど、私のような者が袖を通すことで、この着物の格を落としてしまわないか。
そんな思考が頭をかすめる。胸が、きゅっと縮む。
……でも、今の私には立ち止まることは許されない。今日を乗り越えなければ、明日も来ない。
反物の状態でも息を呑むほど美しかったが、仕立て上がったそれはさらに見事だった。
白に近い生成り色の地に、縁起のよい松や梅の絵柄が、流れるような曲線を描いて咲き誇っている。
帯や小物が女中さんの熟練した手で、一つ、また一つと結ばれていくたび、私は『祝賀会へ行く私』に近づいていく。
徐々に明るくなっていく日の光を吸い込み、真珠のような光沢を放つ絹の布地が、鏡の中で淡く揺れた。
細密な装飾が施された帯締め。
祝賀会の作法や注意点の説明を受けながら、髪は高く結い上げられ、華やかな髪飾りが添えられる。
一つ一つが、私の居場所を『ここ』に縫い留める針みたいだった。
そして最後の仕上げとして——暁臣様が以前、買ってくださったあの真珠のアクセサリーを身に纏う。
指先で触れると、ひんやりしていて、それが妙に心強かった。
あの日、私に差し出された『これから』が、形になってここにある。
「お綺麗です、すみれ様」
「本当に。とてもお似合いです」
女中さんと信子さんの惜しみない称賛に、頬が林檎のように熱くなるのが自分でも分かった。
振袖に袖を通すのは、これで三度目になるだろうか。
贅を尽くし、丹念に装い整えられた自分。……それでも、どこか現実味が薄い。
けれど何度鏡を覗き込んでも、右目だけ色が違う『無華』の瞳だけが、美しさの中に混じった異物のように映ってしまう。
視線を逸らしたくなる。隠したくなる。——それが、私だ。
……それでも。
園遊会の時よりは、ほんの少しだけ、鏡の中の自分を『これが私なのだ』と正面から受け止められた気がした。
私が選び、私のために仕立てられた着物。
この姿を初めて目にする暁臣様は、一体何を思い、どんな言葉をかけてくださるのだろう。
怖いような、けれど一刻も早く見てほしいような——。
不思議な昂揚感と期待を胸の奥に抱えたまま、私は玄関へと歩き出した。
玄関ホールに辿り着くと、そこには正装の制服に身を包み、白い手袋を整えている暁臣様の姿があった。
胸元の装飾や肩章が朝日に反射して、眩いばかりの輝きを放っている。
背筋の一本まで迷いがなく、その立ち姿はまるで名画から抜け出してきたかのよう。
こんなにも高潔で美しい方の隣に、私が立つなど……本当に許されるのだろうか。



