【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

「今年は一緒に蕎麦を食べられそうだな」
「はい……とっても、美味しそうです」
「料理長に頼んで、上質な鴨を入れてもらった」
「鴨……」

空を飛んでいる、あの鴨だろうか。
あの鴨を食べることができるなんて……。
恐る恐る、箸を伸ばした。

「今夜は、ちゃんと眠れそうか?」
「……はい。がんばって、寝るようにします……」
「睡眠は努力するものではない。がんばらなくていい。ただ、身体を休めなさい」
「はい……そう、ですね」

明日の祝賀会のことを思うと、逃げ出したくなるほど身体が強張ってくる。
けれど、初めて口にする鴨の肉は、鶏肉よりも力強い歯ごたえと、噛むほどに溢れる深い旨味があった。
温かな蕎麦が胃の腑に落ちるたび、凝り固まっていた緊張が、少しだけほどけていく。

——ここは、私が怯える場所じゃない。
暁臣様が、そう言ってくれているみたいだった。

「本当なら明日は、すみれと二人で、ゆっくり初詣にでも行きたいのだがな」
「初詣……ですか?」
「ああ。新しい年の無病息災を祈るんだ。大きな神社なら、境内に賑やかな屋台もたくさん出ている」
「屋台……!あの、お祭りのようなものでしょうか」
「そうだ。焼き団子だの、甘酒だの……子どもが喜ぶものも多い」
「……甘酒……」

次から次へと、どこかで耳にしたことがあるだけの、実際には見たこともない魅力的な単語が飛び出してくる。
どれも、私の知らない、眩しいほどに輝く世界の話だ。
そして、その世界へ——暁臣様は私の手を引いて連れて行こうとしてくれている。

暁臣様と過ごす、今年最後の一日。
蔵の中で寒さに凍えていた一年前の私には、こんなにも彩り豊かな生活が待っているなんて、想像することさえ許されなかった。

食後、自室のベッドに入り、遠くから響き続ける鐘の音に耳を澄ませる。
来年は、一体どんな年になるのだろう。
見たことも聞いたこともない景色。
まだ名前も知らない心の機微——。

そのすべてを、これからも暁臣様の隣で見つけていけるのだろうか。
余韻のように残る鐘の音を子守唄に、私は新しい年への微かな期待を胸に抱いて、ゆっくりと瞼を閉じた。