【Web版】無華の花嫁2~花開く乙女は、お妃教育の先で黒薔薇の殿下に溺愛される~

すみれを保護した際、朝霞家の実態は徹底的に調査させた。
凄惨な虐げられ方をし、様々な家事を押し付けられていたと報告を受けていたが——。
炊事だけは、経験がなかったのか。

恐らくあの家のことだ。
保護した時の栄養失調の状態を思えば、必要最低限の食事しか与えず、飢えさせるために食材に触れさせなかった——そんなくだらない理屈だろう。

「そうなんだな。……少し、手伝おうか」
「……お願いします。壊してしまいそうで……」

うっとりするような、どこか敬虔な表情でケーキを見つめる横顔すら、今の俺にはたまらなく愛しい。
椅子に座るすみれを背後から包み込むように身を寄せ、小さな手に己の掌を重ねた。
包丁の柄越しに、彼女の指先の熱がじわりと伝わってくる。

「力は抜いていい。……俺が支える」
「……はい」

返事と同時に、彼女の背がわずかに俺の胸へ寄り、柔らかな温もりが真っすぐ伝わってきた。
その距離の近さに、今すぐ頬へ口づけたくなる衝動が喉元までせり上がる。
——だが、今日は祝う夜だ。彼女の小さな勇気を、乱暴に崩したくはない。

刃が生クリームに沈み、苺の香りがふっと濃くなる。
すみれの息が微かに震え、それが俺の胸を妙にくすぐった。

——いつか執り行う婚儀の折。
盃を重ね、誓いを立てる時も。
きっと、これほど近くで互いの息遣いを感じるのだろう。
その想像だけで、喉の奥が熱くなる。理性を噛み締めた。
静かに、息を吐いた。

「暁臣様……?」
「……いや、なんでもない」

危うく、未来への独白が口を突きそうになったのを呑み込む。
自分が思っている以上に、俺はすみれとの婚儀を心待ちにしているらしい。
内に潜む執着の深さに、苦笑が漏れそうになる。

切り分けられたケーキが皿の上で、苺がルビーのように艶めいている。
すみれはそれを丁寧に移し、宝物を差し出すみたいに俺の前へ置いた。

本来なら、彼女が頬張る姿を特等席で眺めたい。
だが、すみれの澄んだ瞳は——俺が口にする瞬間を今か今かと待ち、期待に満ちて輝いている。
フォークを取り、柔らかなクリームとスポンジを掬って口へ運んだ。