放課後の教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。
誰かの笑い声。
机を引く音。
廊下に流れていく足音。
その全部が、遠くに聞こえる。
凛は窓際の席で、頬杖をついたままぼんやり外を見ていた。
夕焼けが、校舎の影を長く伸ばしている。
「……」
ノートは開いたまま。
ペンは持っているけど、何も書いていない。
ふと、机の中のスマホが気になる。
――来てるかもしれない。
そう思った瞬間、自分で少しだけ呆れる。
「……気にしすぎ」
小さく呟く。
でも。
気づけば、また指が動いている。
画面を確認する。
通知は、ない。
「……そっか」
少しだけ、胸の奥が軽く沈む。
昨日のことを思い出す。
偶然同じパーティになって。
同じように戦って。
同じように、助けられて。
そして――
『凛、そういうとこ変わらないね』
あの言葉。
意味は分からないのに、ずっと引っかかっている。
でも。
それ以上に。
「……また話したい」
その気持ちの方が、ずっと強かった。
帰り道。
イヤホンから流れる音楽も、今日はあまり頭に入ってこない。
気づけば、スマホを見てしまう。
まだ、何も来ていない。
それでも。
足取りは少しだけ軽かった。
部屋に戻ると、制服のままベッドに倒れ込む。
天井を見上げながら、スマホを胸の上に置く。
静かな時間。
時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
――来るかな。
その時。
小さな通知音。
凛の体が、びくっと反応する。
すぐにスマホを手に取る。
画面に表示された名前。
ユウト
心臓が、一気に速くなる。
『起きてる?』
たったそれだけのメッセージ。
なのに。
息が少しだけ詰まる。
すぐに返したいのに、指が止まる。
なんて返せばいいか、分からなくなる。
数秒。
少しだけ間を空けて。
ゆっくりと入力する。
「起きてる」
送信。
すぐに既読がつく。
『よかった』
その一言で、胸が少しだけ温かくなる。
続けて。
『通話する?』
画面の文字を見た瞬間。
凛の指が止まった。
「……通話」
昨日も話した。
でも今日は、少し違う気がする。
なんとなく。
長くなりそうな予感。
少しだけ、緊張する。
でも。
断る理由は、どこにもなかった。
「……うん」
送信。
すぐに着信が鳴る。
イヤホンを耳に入れる。
少しだけ深呼吸してから、通話を取る。
「……もしもし」
『聞こえる?』
低くて落ち着いた声。
「……うん」
『よかった』
それだけで、少しだけ安心する。
昨日と同じ声なのに。
今日は、少し近く感じる。
『今日、何してた?』
「……学校」
『そりゃそうか』
少しだけ笑った声。
それにつられて、凛も少しだけ笑う。
「ユウトは?」
『まあ、いろいろ』
曖昧な答え。
でも、もうそれを深く聞こうとは思わなかった。
代わりに、話は自然に続いていく。
授業の話。
クラスの空気。
どうでもいいような話。
でも。
その全部が、不思議と楽しい。
会話が途切れても、気まずくならない。
沈黙すら、心地いい。
時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていく。
『学校、楽しい?』
不意に、ユウトが聞く。
凛は少しだけ言葉に詰まる。
「……普通」
とりあえず、そう答える。
でも。
『無理してない?』
その一言で、息が止まる。
見抜かれている気がして。
胸の奥が、少しだけざわつく。
「……なんで」
小さく呟く。
『なんとなく』
いつもの答え。
でも。
その“なんとなく”が、少し怖い。
少しだけ迷ってから。
凛は、ぽつりとこぼす。
「……ちょっと、疲れるかも」
言った瞬間、少しだけ後悔する。
こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
でも。
『そっか』
返ってきたのは、それだけだった。
否定も、励ましもない。
ただ、受け止めるだけの声。
それが、逆に優しかった。
少しだけ沈黙が流れる。
でも、不思議と嫌じゃない。
『今、何してる?』
「……ベッドで寝てる」
『ちゃんと寝ろよ』
少しだけ笑った声。
「まだ早いし」
『風邪ひくぞ』
その言葉に、少しだけ胸がくすぐったくなる。
誰かに心配される感覚。
それが、こんなに心地いいなんて思わなかった。
ふと、気になっていたことを口にする。
「……なんでそんなに分かるの?」
少しの間。
『なんとなく』
やっぱり、その答え。
でも、続けて。
『凛って昔から頑張りすぎるし』
凛の体が、少しだけ固まる。
「……昔から?」
聞き返す。
一瞬の沈黙。
そして。
『そういうタイプって意味』
軽く流される。
でも。
違和感は、消えない。
むしろ、少しだけ強くなる。
それでも。
会話は続いていく。
ゲームの話をして。
くだらないことで笑って。
気づけば。
「……え」
時計を見て、目を見開く。
「もうこんな時間」
深夜二時。
いつの間に、こんなに時間が経っていたのか分からない。
『ほんとだ』
ユウトの声も、少しだけ驚いている。
でも、どこか楽しそうだった。
『そろそろ寝るか』
「……うん」
そう答えながら。
少しだけ、寂しいと思ってしまう。
まだ話していたい。
でも、それは言えない。
『今日、楽しかった』
静かな声。
凛は、少しだけ目を閉じる。
「……私も」
自然に言えた。
本当に、そう思ったから。
そして。
『凛と話すの、落ち着く』
その一言で。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
何も言えなくなる。
ただ、息が少しだけ乱れる。
「……うん」
それだけが、やっとだった。
『じゃ、おやすみ』
「……おやすみ」
通話が、切れる。
途端に、部屋が静かになる。
さっきまで聞こえていた声が、嘘みたいに消える。
イヤホンを外して、天井を見る。
少しだけ、ぼんやりする。
「……すごい」
こんなに長く、誰かと話したのは初めてかもしれない。
それも。
こんなに、自然に。
こんなに、楽しく。
スマホを胸に抱き寄せる。
さっきの声が、まだ耳に残っている気がする。
「……楽しかった」
小さく呟く。
でも。
その奥に、もうひとつの感情がある。
「……怖い」
この時間が、終わること。
この関係が、消えてしまうこと。
それが、少しだけ怖い。
それでも。
きっとまた、通話する。
また、声を聞く。
また、同じ時間を過ごす。
気づいた時にはもう。
戻れないところまで、来ていた。
誰かの笑い声。
机を引く音。
廊下に流れていく足音。
その全部が、遠くに聞こえる。
凛は窓際の席で、頬杖をついたままぼんやり外を見ていた。
夕焼けが、校舎の影を長く伸ばしている。
「……」
ノートは開いたまま。
ペンは持っているけど、何も書いていない。
ふと、机の中のスマホが気になる。
――来てるかもしれない。
そう思った瞬間、自分で少しだけ呆れる。
「……気にしすぎ」
小さく呟く。
でも。
気づけば、また指が動いている。
画面を確認する。
通知は、ない。
「……そっか」
少しだけ、胸の奥が軽く沈む。
昨日のことを思い出す。
偶然同じパーティになって。
同じように戦って。
同じように、助けられて。
そして――
『凛、そういうとこ変わらないね』
あの言葉。
意味は分からないのに、ずっと引っかかっている。
でも。
それ以上に。
「……また話したい」
その気持ちの方が、ずっと強かった。
帰り道。
イヤホンから流れる音楽も、今日はあまり頭に入ってこない。
気づけば、スマホを見てしまう。
まだ、何も来ていない。
それでも。
足取りは少しだけ軽かった。
部屋に戻ると、制服のままベッドに倒れ込む。
天井を見上げながら、スマホを胸の上に置く。
静かな時間。
時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
――来るかな。
その時。
小さな通知音。
凛の体が、びくっと反応する。
すぐにスマホを手に取る。
画面に表示された名前。
ユウト
心臓が、一気に速くなる。
『起きてる?』
たったそれだけのメッセージ。
なのに。
息が少しだけ詰まる。
すぐに返したいのに、指が止まる。
なんて返せばいいか、分からなくなる。
数秒。
少しだけ間を空けて。
ゆっくりと入力する。
「起きてる」
送信。
すぐに既読がつく。
『よかった』
その一言で、胸が少しだけ温かくなる。
続けて。
『通話する?』
画面の文字を見た瞬間。
凛の指が止まった。
「……通話」
昨日も話した。
でも今日は、少し違う気がする。
なんとなく。
長くなりそうな予感。
少しだけ、緊張する。
でも。
断る理由は、どこにもなかった。
「……うん」
送信。
すぐに着信が鳴る。
イヤホンを耳に入れる。
少しだけ深呼吸してから、通話を取る。
「……もしもし」
『聞こえる?』
低くて落ち着いた声。
「……うん」
『よかった』
それだけで、少しだけ安心する。
昨日と同じ声なのに。
今日は、少し近く感じる。
『今日、何してた?』
「……学校」
『そりゃそうか』
少しだけ笑った声。
それにつられて、凛も少しだけ笑う。
「ユウトは?」
『まあ、いろいろ』
曖昧な答え。
でも、もうそれを深く聞こうとは思わなかった。
代わりに、話は自然に続いていく。
授業の話。
クラスの空気。
どうでもいいような話。
でも。
その全部が、不思議と楽しい。
会話が途切れても、気まずくならない。
沈黙すら、心地いい。
時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていく。
『学校、楽しい?』
不意に、ユウトが聞く。
凛は少しだけ言葉に詰まる。
「……普通」
とりあえず、そう答える。
でも。
『無理してない?』
その一言で、息が止まる。
見抜かれている気がして。
胸の奥が、少しだけざわつく。
「……なんで」
小さく呟く。
『なんとなく』
いつもの答え。
でも。
その“なんとなく”が、少し怖い。
少しだけ迷ってから。
凛は、ぽつりとこぼす。
「……ちょっと、疲れるかも」
言った瞬間、少しだけ後悔する。
こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
でも。
『そっか』
返ってきたのは、それだけだった。
否定も、励ましもない。
ただ、受け止めるだけの声。
それが、逆に優しかった。
少しだけ沈黙が流れる。
でも、不思議と嫌じゃない。
『今、何してる?』
「……ベッドで寝てる」
『ちゃんと寝ろよ』
少しだけ笑った声。
「まだ早いし」
『風邪ひくぞ』
その言葉に、少しだけ胸がくすぐったくなる。
誰かに心配される感覚。
それが、こんなに心地いいなんて思わなかった。
ふと、気になっていたことを口にする。
「……なんでそんなに分かるの?」
少しの間。
『なんとなく』
やっぱり、その答え。
でも、続けて。
『凛って昔から頑張りすぎるし』
凛の体が、少しだけ固まる。
「……昔から?」
聞き返す。
一瞬の沈黙。
そして。
『そういうタイプって意味』
軽く流される。
でも。
違和感は、消えない。
むしろ、少しだけ強くなる。
それでも。
会話は続いていく。
ゲームの話をして。
くだらないことで笑って。
気づけば。
「……え」
時計を見て、目を見開く。
「もうこんな時間」
深夜二時。
いつの間に、こんなに時間が経っていたのか分からない。
『ほんとだ』
ユウトの声も、少しだけ驚いている。
でも、どこか楽しそうだった。
『そろそろ寝るか』
「……うん」
そう答えながら。
少しだけ、寂しいと思ってしまう。
まだ話していたい。
でも、それは言えない。
『今日、楽しかった』
静かな声。
凛は、少しだけ目を閉じる。
「……私も」
自然に言えた。
本当に、そう思ったから。
そして。
『凛と話すの、落ち着く』
その一言で。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
何も言えなくなる。
ただ、息が少しだけ乱れる。
「……うん」
それだけが、やっとだった。
『じゃ、おやすみ』
「……おやすみ」
通話が、切れる。
途端に、部屋が静かになる。
さっきまで聞こえていた声が、嘘みたいに消える。
イヤホンを外して、天井を見る。
少しだけ、ぼんやりする。
「……すごい」
こんなに長く、誰かと話したのは初めてかもしれない。
それも。
こんなに、自然に。
こんなに、楽しく。
スマホを胸に抱き寄せる。
さっきの声が、まだ耳に残っている気がする。
「……楽しかった」
小さく呟く。
でも。
その奥に、もうひとつの感情がある。
「……怖い」
この時間が、終わること。
この関係が、消えてしまうこと。
それが、少しだけ怖い。
それでも。
きっとまた、通話する。
また、声を聞く。
また、同じ時間を過ごす。
気づいた時にはもう。
戻れないところまで、来ていた。



