独りぼっちの妖狐の娘は、一匹狼の龍神と結ばれる

「かっ、火事だー!火事だ!」
 廊下の奥から、そんな叫び声が聞こえた。
「逃げろー!火事だ!」
 調理場からも、使用人たちが飛び出してくる。
「ゆ、(ゆき)さま。火事です!逃げてください」
 調理場の中にいた花咲(はなさ)さんも、門に向かって走っていく。
(ゆき)さま⁉︎早く……」
「……分かってる。分かってるよ……」
 早く逃げないといけないことは分かっている。
 でも、どうしても動けない。
「……誰も、(ひじり)さまのことを呼んでいない」
 そういえば、叫び声が聞こえた方には、(ひじり)さまの部屋があった。
 もし、そこで爆発が起きていたら……?
 真っ先に気づいて、もう逃げているかもしれない。
 でも、もし、逃げ遅れていたら?
 誰にも気づかれず、置き去りにされていたら?
 ……そんなの、ダメだ……っ。
「……(ひじり)さまっ」
 出口とは反対に向かって走り出す。
 (ひじり)さまはきっと、まだ中にいる。
 私の勘が、そう言っている。
 廊下の角を曲がる。
 真っ赤に燃えていた。
 ……行ったら、死んでしまうだろうか。
 それでも構わない。
 そう思った時、突然目の前で赤々と燃えていた炎が、消えたのだ。
 私の周りは、空色に光っていた。
「これって……?」
 分からない。
 ……でも、行かなきゃ。
(ひじり)さま。どこ……?」
 火は消えるけれど、煙は消えない。
 視界が、悪い。
 (ひじり)さまの部屋がどこにあるか、分からない。
 早く行かないと……。
 その時、目の前に、一際真っ赤に燃える部屋を見つけた。
 ここが、火元……?
 もしかして、(ひじり)さまは、ここに……。
(ひじり)さま。どこですか?早く、逃げないと……」
「……ゆ、…………き……?」
(ひじり)さま⁉︎」
 どこかから、(ひじり)さまの声が聞こえてきたような気がする。
(ひじり)さま、早く逃げな……」
 (ひじり)さまは、一際真っ赤に燃える部屋の中にいた。
 自身も、炎に包まれている。
(ゆき)……。どうして、ここ、に……」
 炎は、もう誰にも制御できなくなっていた。
「死ぬのは、俺一人で……、良かっ、た、の……に……」
 (ひじり)さまは、ここで一人で死のうとしていたの……?
「そんなの……そんなのダメです!(ひじり)さまは、龍城(りゅうじょう)の当主で……あやかしの頂点で……」
「……俺の代わりなんて、いくらでもいる」
 どうして分かってくれないんだろう。
 (ひじり)さまの代わりなんて、いないのに……。
 ただの契約結婚だったかもしれない。
 (ひじり)さまにとっては、家を守る為で、私にとっては、あの家から逃げ出す為で。
 でも、それでも、私は(ひじり)さまに恋をした。
 優しく微笑みかけてくれる瞳に、真剣に訓練している姿に。
 私は、彼に……、(ひじり)さまに、恋をした。
「……いないです、代わりなんて。(ひじり)さまの代わりなんていない」
 お願い。
 伝わって!
「私にとって、(ひじり)さまは唯一無二の大切な人です!私は、(ひじり)さまのことが好きなんです!」
 私がそう言い切った瞬間、(ひじり)さまとこの屋敷を包み込んでいた炎が消えた。
(ゆき)……」
 一筋の涙を流し、へたり込んでしまう彼。
「やっと、結ばれた……」
 どういうことだろう……。
「……俺も、お前が好きだ」
「え……?」
「初めは、家の為だけだった。龍城(りゅうじょう)家と、……俺の為。俺、小さい頃に、同じくらい強い力……霊力か妖力の持ち主と真の意味で結ばれた時に、自分でも抑えられなくなった霊力が抑えられるようになるだろう、って言われて……。ずっと、探してたんだ。強い力の持ち主を。そんな時、……三ヶ月くらい前、お前を見つけた。ものすごく強い妖力を持っていて、でもそれを上手く使えていない、お前を」
 狐ノ上(このうえ)家にいた時は、まさか妖術が使えるようになるなんて、思っていなかった。
「……綺麗だと思った。真っ青な妖力が、とても。……龍城(りゅうじょう)に来てから、本気で訓練に取り組んでいる姿を見て、美しいと思った。……でも、俺はお前に強く当たりすぎたから、もう真の意味で結ばれることはないだろう、って、諦めて……」
 ぞろぞろと戻ってくる足音。
 もう、火はどこにも見当たらない。
「……(ゆき)。……俺の、本当の妻になって欲しい」
「はい…………」

この日、私は、初めて私を愛してくれる人と、結ばれた。