独りぼっちの妖狐の娘は、一匹狼の龍神と結ばれる

「お待たせいたしました……」
「…………行く、か」
「はい……」
 私、何かおかしかっただろうか。
 ……そんなに、服が似合っていない……?
「……紅葉。綺麗……」
 車の窓から景色を眺める。
「……そう、だな。綺麗だ……」
 会話らしい会話は、全く続かない。
 私なんかと話しても、つまらないもんね……。
 自己嫌悪。
 ずっとネガティブなことばかり考えている。
「……お前、街に出たことはあるか?」
「いえ、一度も……」
 そう言うと、少し驚いた顔をしていた。
 そりゃそうだよね。
 名家の娘が、一度も街に出たことがないなんて、普通驚くよね。
「そうか」
 また、沈黙がおとずれる。
 ……はあ。
 なんで私なんかと街に……。
(ひじり)さま。着きました」
「……行くか、(ゆき)
「は、はい……」
 初めて見た街は、キラキラと輝いていた。
 ずっと憧れていた場所だった。
「……行くぞ」
「あ、すみません……」
 思わず見とれてしまった。
 (ひじり)さまは、着物屋に入っていく。
 ……綺麗な着物。
 あれ、姉上や(りん)が着ていた着物にそっくり。
 ここで買ったのかな。
「なに、ぼーっとしてるんだ?」
 店の奥から、(ひじり)さまが出てくる。
「……早く来い。お前の着物を買いに来たんだ」
「え……?」
 私の、着物を……?
「そうだ。……どれが良い?」
 私の前に並べられている着物は、どれも上質な布でできていた。
 桃色、空色、藤色……。
「どれも綺麗……」
 私には選べなかった。
(ひじり)さまが……」
 選んでください、という言葉を遮り、
「じゃあ、全部で」
 と(ひじり)さまは言った。
「ぜ、全部⁉︎」
 驚いて声をあげてしまう。
「選べないのだろう?ならば、全部買えば良い」
 さすが、大金持ち……。
「……俺はまだ用事があるから、先に帰っておけ」
「はい……」
 まだ用事があると言った(ひじり)さまと、店の前で別れる。
 車に向かう。
 と、その時だった。
(ゆき)……?」
「……あ、兄上……」
 車の近くにいたのは、私の兄である嶺鴉(りょうあ)だった。
 兄上は、私に直接手を出したり、悪口を言ったりはしていなかった。
 でも、内心どう思っていたのかは分からない。
「……久しぶりだな」
「お久しぶりでございます……」
 兄上は、どこか冷たい目をしていた。
「……龍城(りゅうじょう)家はどうだ?」
「……私なんかにも、良くしていただいています」
「そうか……。じゃあな」
 兄上は、私のことを振り返らずに、街の中心部に向かって歩いていく。
 ……兄上が立ち止まった瞬間、空から烏の大群が襲いかかってきた。
「あっ、兄上……⁉︎」
 車の陰に隠れる。
 烏は、兄上に向かって一直線だ。
 ……街の外には、兄上以外誰もいなかった。
 みんな、店の中に入って、烏をじっと見つめている。
 ……恐い。
 そう思った。
 思わず、車の中に入って、震えてしまう。
 ……あの烏は、前に家を襲った烏に似ている。
 あの時、みんなが避難している中、私は置いて行かれて、そのまま襲われた。
 今でも、肩にその傷が残っている。
 すごく、恐かった。
 兄上は、動けない。
 恐怖からだろうか。
 それとも、烏が魔法でもかけているの?
「兄上、逃げて……」
 先頭を飛んでいた烏が、兄上に向かって翼を振り上げた、その時だった。
「…………っ」
 突然、街中が眩しい光に包まれた。
 目を開けていられない。
 何秒経ったのだろうか。
 光が収まってきた時、兄上の周りにいた烏たちは、一羽もいない。
 ……一体、誰が……?
「りゅ、龍城(りゅうじょう)さん……!」
 え?
 龍城(りゅうじょう)
 (ひじり)、さま?
 驚いて、思わず車から飛び出す。
「……お前、妖狐だな?……狐ノ上(このうえ) 嶺鴉(りょうあ)か?」
龍城(りゅうじょう)さん……」
「……ひっ、(ひじり)さま……!」
「……(ゆき)。なぜここにいる?先に帰れと言っただろう?さっき、嫌な予感がしたから。案の定、烏が出てきた。」
 私に先に帰れって言ったのは、嫌な予感がしたからだったんだ……。
 心配してくれてたのかな。
「すみません」
「別に構わない。……お前、立てるか?」
「は、はい」
「……兄上、大丈夫、ですか?」
「……ああ、問題ない。……それより、申し訳なかった。……あの時、……烏が家を襲ってきた時。置いてけぼりにして、悪かった。(ゆき)は、裏口の近くにいたから、すぐに逃げたと思っていたんだ……。今更言っても、言い訳にしかならないな」
 兄上は、私のことが嫌いではなかった……?
「そんな……。別に、私は……」
「……さっき、すごく恐かった。これで死ぬのかも、って。……妖術も使えなかった。余計にパニックになったよ。動けないし、攻撃もできない。……(ゆき)も、そんな思いをしたんだな、って」
「兄上……」
 私はずっと、兄上も私のことが疎ましいのだと思っていた。
 妖術が使えない出来損ないだから。
 兄上は、狐ノ上(このうえ)家の中でも力が強かったから、出来損ないの私のことは、嫌っていると……。
「……じゃあ、俺は行く。……龍城(りゅうじょう)さん。この恩は、また返します」
 駆け出していく兄上。
 その背中に、思わず涙を流してしまう。
 ああ、変わっていなかったんだ。
 姉上と、兄上と、私と、三人で遊んでいた時のことを思い出す。
 いつの間にか、兄上から笑顔は消えていた。
 それは、私に対する怒りだと思っていた。
 でも、違ったのかな……。
「……(ゆき)、帰ろうか」
「はい……」
 結局、(ひじり)さまと一緒に帰ることになった。
 少しだけ、(ひじり)さまのことを見直した。