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あれから三ヶ月の月日が流れ、澪には大きな変化が訪れていた。
「あな…た…?」
「っ…! 良かった…! 目が覚めたのだな…!」
妻は震える手で夫の手を握り返した。
その光景を見届けると、澪は静かに背を向けた。
澪と玲司が訪れたのは、朝霧家から歩いて三十分程の所にある民家。
そこに住むのは祝言を挙げたばかりの若い夫婦が住んでいる。
順風満帆な生活を送っていたが、ある日妻が不治の病により寝たきりになってしまったという。
夫は日に日にやつれ、仕事もろくに手につかなかったという。
ある日風の噂で、澪の存在を知り依頼をして今に至る。
妻は悪霊がかけた呪いによって、寝たきりになっていたのだ。
「私は医者ではございません。次第に以前のような生活ができると思いますが、必ず医者に診てもらってください。失礼致します」
食霊を終え、夫婦にそう言い頭を下げ玲司と共に家を後にしようとした。
「あ、あの…! お代は必ず…! 絶対にお渡ししますので…!」
「お代は、最初に頂いたこれだけで結構です」
そう伝えると、澪は男から貰った巾着袋を掲げた。
「そ、それだけ…!?」
深々と頭を下げる夫にそう答えると、夫は不思議そうにした。
家の柱は何度も補修された跡があり、畳もところどころ擦り切れている。
夫の着物も何度も繕われていた。
貰った巾着でさえ、申し訳ないと思うほどだった。
「良かった…今回も喜んで頂けて」
「えぇ。澪さんの技術の賜物です」
依頼者の元を去ると、いつもと変わらない柔らかな表情で玲司にそう伝えた。
朝比奈家で奏斗の弟を救ったあの日から三ヶ月。
玲司の勧めで治癒術を学び始めた澪は、最初は戸惑っていたものの、玲司のツテを頼りに治癒術に長けている当主の元で学んだり、知り合いを増やしていった。
食霊術に治癒術を組み合わせた独自の術を磨き、少しずつ知名度を上げていった。
両親から蔑まれてきた食霊術も、今では誰も気味悪がる事はなく寧ろ人を助け、守る異才と呼ばれた。
そして他にも、変わった事がある。
「おや、澪先生ではございませんか」
「せ…先生はよしてください…」
「澪さん、諦めてください。みなさんもう、澪さんのことをそう呼びます」
「う…と、ところで…お元気そうですね。お加減はいかがですか?」
帰り道、反対側から籠を背負った初老の男が声をかけて来た。
この男は、一ヶ月前に澪が腰痛を治した。
お地蔵様に腰掛けるという罰当たりなことをして、腰に呪いをかけられてしまい農作業ができなくなっていたのだ。
「えぇ、おかげさまで。そうだ先生。コレ、食べてくださいな」
そう言うと、背負ったカゴから大根を取り出して澪に差し出した。
「え…そ、そんな…」
澪は断ろうとした。
野菜を作るのは、月日も体力も使う。
それなのに、一度助けたからと言って貰うのは忍びなかったからだ。
しかし、玲司がこそっと耳打ちをした。
「澪さん、遠慮しては気を遣わせてしまいます。頂きましょう。それにーーその大根、味噌汁や煮物にすればとても美味しいですよ。採れたての新鮮ですから」
「っ…あ、ありがとうございます…。あ、あの…また何かあれば、お越し下さい」
玲司の言った通り、男から大根を受け取るとぺこりと頭を下げ、朝霧家への足取りに戻った。
澪の大きく変わった点ーーそれは。
「あの…今日はお味噌汁ですか? 煮物も…ふふっ、美味しそう」
「二つとも作りましょう。今日はとても頑張りましたから」
夕食の事を考えると、心躍らせていた。
おはぎをきっかけに食べる楽しさを知り、少しずつ食事を口にするようになった。
そして今では、玲司と共に食事をとるようになったのだ。
朝霧家が見えてくると、門の前に人影が見えた。
「あれは…?」
依頼者が来たのだと思い、澪と玲司が急足で家へ向かうとそこには二人組。
成人と十歳くらいの子どもがいた。
子どもが、澪の姿を確認すると駆けてきた。
「澪せんせっ! おひさしぶりですっ」
「わっ…! ほんと、お久しぶりですね」
駆けて澪の前までくると、ぎゅっと抱きつかれた。
「こら、走るな。転ぶだろう…やぁ、澪ちゃん。朝霧」
「朝比奈。どうしたんだ?」
奏斗と弟が訪ねて来たのだ。
あの日以来、奏斗の弟はみるみる回復した。
今では他の同い年の子と同じように外へ出られらようになった。
「澪ちゃんへの依頼なんだけど、さ…」
そう言って、懐から文を取り出す奏斗。
依頼がある事はいい事のはずだが、何か言いにくそうだった。
「どうした?」
それを察した玲司が尋ねると、依頼の詳細が書いてある文を広げ、日にちの所を指差した。
「あっ…この日は…」
「そう。会議の日なんだ。しかも今回は朝霧がまとめ役だろ? だから、この依頼は断ろうかと思ってて……」
玲司が苦そうな顔をして言葉に詰まった。
それは、月に一度行われる探霊一族の会議の日を依頼主が指定したからだ。
申し訳なさそうにしながら言う奏斗だったが、澪の脳裏には考えがよぎった。
(その日まで待てないほど苦しんでいる人なのかもしれない……)
「あ、あの…! わ、私一人で行ってきます…!」
おずおずと申し出た。
「いや、しかし…」
玲司が答えるのに渋り、奏斗の方を見た。
玲司が渋るのは、澪が字の読み書きが劣るからだ。
平仮名の書取りは出来るが、読むとなると難しいし、漢字は全くだ。
澪は、少し前の時代なら字が読めない者がいるのは不思議ではなかった。
しかし、澪は家で冷遇され離れに住まわされており、外で『食霊術』を出さないよう外出は禁じられていた。
そのため、字を習う機会を失っていた。
その事は奏斗も知っており、渋る理由は頷けた。
誤魔化す理由を考えようと、奏斗が依頼者を見ていると「あ」と声をこぼした。
「この人…以前、一緒に仕事をしたことがある…それに、場所も図を描いてくれてるぞ」
「え? そうなのか?」
玲司も依頼者を見て、場所の分かりやすさに頷けた。
「読み書きのことなら、僕が先に説明しておくよ」
「私も……少しずつ、一人でできるようになりたいんです。その、私が一人で出来た方が…玲司様も、当主としての仕事に集中できますよね…?」
澪が恐る恐る申し出た。
人の役に立てている事を嬉しく思っていたが、外出する機会が増え、いつも澪に付き添う玲司。
その事で、玲司が夜遅くまで作業している事に責任を感じていた。
「いや…俺の事は別に…」
澪の言葉に断りづらくなり、顎に手を添えて考えた。
「やはり、危険です…俺はあまり前面的に行かせたいとは…」
「まぁまぁ、朝霧。澪ちゃんの意を汲み取ってやっていいじゃないか。依頼人には顔が利く。大丈夫だと思うけど、もし何かあれば僕がすぐ動けるようにしておくから」
珍しく下がらない澪。
それでも、玲司は容易く頷く事はできない。
互いに主張を下げずにいると、奏斗が間に入った。
奏斗が間に入ったことで、玲司は大きくため息をついた。
「…分かりました。ただし、日暮れまでには必ず帰って来てください」
「分かりました…ありがとうございます」
玲司が折れて納得すると、澪の表情がぱぁっと明るくなった。
「やったね、澪ちゃん。これで一人で出来ることが分かれば、これで朝霧も安心して仕事ができるね」
「っ…! はいっ。私、玲司様のお役に立てるように頑張ります…!」
からかうつもりで奏斗がこそっと耳打ちすると、真面目に返す澪。
そんな彼女にクスッと小さく笑った。
しかし、ギロリと玲司が鋭い眼光を向けた。
「…聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ったからね?」
奏斗は笑っている。しかし玲司だけは、その笑みを返せなかった。
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そして迎えた澪が一人で依頼主の所へ行く日。
これから会議を控えているにも関わらず、玲司は澪の近くでいつもの落ち着きはなかった。
「澪さん、本当に大丈夫ですか? もし不安なら、今からでも日程をずらせるよう朝比奈に連絡を取ってもらいますが…?」
「いえ、大丈夫です。地図は予習しました。今回は…どのような呪物を見られるのか、興味があります」
「そう、ですか…」
玲司の心配を全く気にする様子がない澪。
むしろ、澪はまっすぐ前を見てこれからのことを楽しみにしているように見えた。
「澪さん。手を出してもらえますか?」
「え…?」
これから出発しようとする彼女にそう伝えると、きょとんと不思議そうにしながら手を差し出した。
すると、澪の手を丁寧に両手で包み込み、手の甲へそっと霊力を流し込むと、淡い青白い光が澪の手の中へ溶けるように吸い込まれていった。
「玲司様…これは?」
自身の手のひらを空に浮かせて不思議そうに尋ねると、玲司が口を開いた。
「秘密です。ただ、貴女を守るおまじないとだけお伝えします」
「そう、ですか…? それでは、行って参ります」
「はい。いってらっしゃい」
そう言って澪を見送ると、玲司も会議の準備に戻った。
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「確かこの辺り…あっ、ここ…かな」
地図を見ながら歩くこと三十分。
ようやく目的地に到着するとホッと胸を撫で下ろした。
早速戸を叩いてみるが、シンとして応答がない。
しばらく待ってみて、もう一度戸を叩いてみると人の声が聞こえた。
「申し訳ない…開いてるので、入って下さい」
かなり具合が悪いのかか細い声でそう言われると、澪はゆっくりと扉を開けた。
しかし、その戸は開けるべきではなかった。
「捕まえた…死に損ないが」
「え…? っ!」
振り返る間もなく、黒い靄が足元から噴き上がった。


